「マラーホフの贈り物」
マラーホフの贈り物ファイナル
http://www.nbs.or.jp/stages/1305_malakhov/
諸般の事情によって演目がだいぶ変更されていました。
「白鳥の湖」第2幕より
振付:レフ・イワーノフ 音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
オリガ・スミルノワ、ウラジーミル・マラーホフ
20歳そこそこの若さでありながら、ブノワ賞を21日に受賞したオルガ・スミルノワは、先日ボリショイで白鳥デビューをしたばかり。早速YTに彼女の白鳥の動画がたくさんアップされていて、どれほど注目されていたかが伺えた。白鳥役はまだあまり踊りこまれていないようで、役を演じるところまでは到達していなかったものの、美しい甲と脚、長い腕は白鳥向きのスタイル。ワガノワ出身者らしい基礎の上に、ボリショイならではの雄弁さのある腕使い。音を非常にたっぷりと使い、手をひらひらさせ過ぎるところが、好き嫌いは出てくるであろう。少し冷たすぎるところも感じる。だが、とてつもない可能性を感じさせる。ちなみに、客席にはリュドミラ・コワリョーワが来ていた。ボリショイに彼女が入団しても、ワガノワから教師がついて来るところがすごい。マラーホフはこのシーンはサポートに徹していたものの、役作りに関しては彼らしい愛と情熱を感じさせるものがあった。
東京バレエ団のコール・ドはかなりレベルが高く、よく揃っていた上に足音も以前よりずっと静かになっていた。有力ソリストが抜けてしまった今、ここの課題はソリストを育てることだろう。女性ダンサーに関しては全体的なクオリティが高いのだから。
「トゥー・タイムス・トゥー」
振付:ラッセル・マリファント 音楽:アンディ・カウトン
ルシア・ラカッラ、マーロン・ディノ
シルヴィ・ギエムが踊ったことで有名な作品の二人版。一人分の動きを、それぞれ照明で作られた箱の中にいる二人のダンサーに振り付けて、シンクロするように踊ったかと思えば、タイミングをずらして踊ったり反対の動きをしてみたり。上半身、特に腕を雄弁に使ってどこか武道を思わせるような動きもある。照明の効果を使い、スポットを手先や足先に当てることによって、魔術的な効果を見せるのだが、どうも光の当て方の問題なのか、ギエムの時ほどのインパクトはなかった。ラカッラのとにかく柔軟かつ強靭な腕の動きは、その中でも鮮烈な印象を残した。
「ギルティー」
振付:エドワード・クルグ 音楽:フレデリック・ショパン
マライン・ラドメーカー
21日当日の朝に日本に到着したシュツットガルト・バレエのペアは、当初予定されていた「伝説(Legende)」を踊らず、マライン・ラドマーカーが、スロヴェニア国立バレエ芸術監督でレイディオヘッドの曲に振り付けた「レイディオ・アンド・ジュリエット」で知られるエドワード・クルグの作品を踊った。今年の春にシュツットガルト・バレエで踊られた「Ssss…」の冒頭のソロであるとのこと。音楽はショパンのノクターン第一番。跳躍などはないが、素早いタンデュや手の痙攣するような動きなど、マラインの切れ味鋭いムーヴメントを見せるタイトな作品で、最後は座って動かなくなった片脚の上にもう片脚を重ねて暗転という幕切れ。(昨年の「Kings of the Dance」では、デニス・マトヴィエンコが踊っているようだ)
「ラ・ペリ」
振付:ウラジーミル・マラーホフ 音楽:ヨハン・ブルグミュラー
吉岡美佳、ウラジーミル・マラ ーホフ
19世紀にジャン・コラーリがカルロッタ・グリジのために振り付けたロマンティック・バレエを、マラーホフが再振付した作品。マラーホフはスカートを着用していたのだが、この衣装が、彼のボリュームの増加を図らずも目立たせてしまい、また腕にもお肉がついてしまった上、パートナーが華奢な吉岡さんだったのでますます目立ってしまった。アダージオのみのシーンだったため、全体でどのような作品なのかは、ここだけでは判断できないが、王子の衣装ではわからなかったマラーホフの姿がちょっと衝撃的。
「海賊」より奴隷のパ・ド・ドゥ
振付:マリウス・プティパ 音楽:コンスタンティン・フリードリヒ・ペーター
ヤーナ・サレンコ、ディヌ・タマズラカル
ギュリナーラとランケデムのパ・ド・ドゥ。タマズラカルの個性は奴隷商人のキャラクターによく合っているし、ヴァリエーションでの深く柔らかいプリエからの跳躍は美しく魅力的だった。と同時に、ランケデム役といえば、マラーホフがかつてABTの「海賊」のDVDで踊った素晴らしい映像を思い出してしまい、なんとも複雑な気持ちになってしまった。ヤーナ・サレンコはきっちりとした正確な踊りで、特に高速の脚替えピケ&シェネや高い跳躍など、技術の高さを改めて実感。二人ともクラシックバレエのワクワク感をたっぷり見せてくれた。特にサレンコのコーダでのグランジュッテには惚れ惚れ。
「シンデレラ」
振付:ウラジーミル・マラーホフ 音楽:セルゲイ・プロコフィエフ
ヤーナ・サレンコ、ウラジーミル・マラーホフ
サレンコのドーム型のチュチュのデザインがとても可愛らしくて、小柄で愛らしい彼女の雰囲気にとても合っていた。ここでもクラシックバレエの美しさを見せてくれて、キラキラと輝いていた彼女。王子の衣装を着るとマラーホフはしっかり王子様で、包容力のあるジェントルな様子を見せてくれたけど、1日目ではリフトで危うくサレンコを落としそうになってしまった。2日目は、スムーズで甘い雰囲気でまとめてくれた。
「フランク・ブリッジの主題による変奏曲」
振付:ハンス・ファン・マーネン 音楽:ベンジャミン・ブリテン
マリア・アイシュヴァルト、マライン・ラドメーカー
この作品は、全編を2011年にシュツットガルトで観ている。ハンス・ファン=マーネンは今年のブノワ賞を受賞したばかり。プロットレスのバレエでありながら、男女関係の駆け引きや微妙な感情をうまく見せてくれるファン=マーネンの作品は魅惑的だ。特に、ブリテンの曲を使用したこの作品は、スピード感と、ちょっと人を食った”はずし”の対比が面白い。アイシュヴァルトとラドマーカーの息もよく合っており、特にサポートされている時のアイシュヴァルトのポーズの美しさと、スピード感のあるラドマーカーのシェネ、緩急のつけかたが絶妙できびきびとして音楽に乗った動きが印象的だった。
「レ・ブルジョワ」
振付:ヴェン・ファン・コーウェンベルク 音楽:ジャック・ブレル
ディヌ・タマズラカル
やさぐれたサラリーマン風情が実によく似合うタマズラカル。ちょっとおやじが入っているところが特にぴったり。さりげなく540などの超絶技巧を盛り込みながらも、役を演じるのがうまい。最後までしっかりと、酔っ払ってくたびれたおじさんになりきってくれて、楽しかった!何年か前から彼を見ているけど、最近とみにいい男になってくれた気がする。
「椿姫」より第3幕のパ・ド・ドゥ
振付:ジョン・ノイマイヤー 音楽:フレデリック・ショパン
ルシア・ラカッラ、マーロン・ディノ
ルシア・ラカッラは感情表現の豊かなマルグリットを作り上げていた。部屋に入ってくる一つ一つの足取りがすでにマルグリットそのものの歩き方になっているし、病衰えた身体に残された力を振り絞ってアルマンの激情に身を任せ、激しく葛藤し苦悶しながらも愛の炎を燃やす女性の心理を細やかに、そのしなやかで雄弁な肉体を使って表現していた。一方、デイノは、長身で若々しい外見はアルマン役にぴったりだったものの、感情を炸裂させることなく、ひたすら内にこもって悶々とする青年で、ひたむきではあるものの、表現が極めて淡白だった。もっと青白い光を放ち燃え上がったり、怒りを見せたり、様々な感情の相克が見たいのに、それがなかったのが残念。結果的にマルグリットの感情のみが浮かび上がってしまった。実生活でも夫婦なだけにリフトやサポートはよく息があっていたのだが。
「白鳥の湖」より"黒鳥のパ・ド・ドゥ"
振付:マリウス・プティパ 音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
オリガ・スミルノワ、セミョーン・チュージン
スミルノワの白鳥は、ワガノワらしさも見せていたのだが、黒鳥に関しては完全にボリショイ流。威圧的で、獰猛な悪女ぶりを前面に出していた。アダージオでの動きは大きくて、高い身体能力を見せてくれたけど、もう少したおやかさが欲しいと感じたのも事実。グリゴローヴィチ版の独特の音楽に乗せてのアティチュードでの回転など、高度なテクニックを使うところは易易と決まり、ポーズはアカデミックで美しい。1日目のグランフェッテは、非常に速いスピードでシングルで回っていたところ、ずれてきてしまいポワントが落ちてしまったののの、めげずにもう一度回転を始めてフィニッシュさせた根性は素晴らしい。2日目はグランフェッテも綺麗に決まった。
チュージンは、悪くはないし、特にコーダのマネージュのダイナミックなスピード感、高く伸びた前脚のつま先などは目を見張るものだったけど、もう少しラインが美しくあって欲しい、時々膝がゆるみ気味のところがあった。彼はちょっと口が歪んでいるように見えてしまうのも惜しいところ。
「瀕死の白鳥」
振付:マウロ・デ・キャンディア 音楽:カミーユ・サン=サーンス
ウラジーミル・マラーホフ
マラーホフが踊る「瀕死の白鳥」は今までも何回か観たことがあるのだが、今回は特に想いがこもっているのが感じられ、胸に訴えかけるものがあった。ショートパンツ一枚ですべてを晒した彼の、踊りに捧げた真っ白で崇高な想いに触れられた気がする。アームスの動きはなめらかで繊細で美しく、天に向けた視線はまっすぐで、様々な葛藤を持ちながらも研ぎ澄まされて死を迎える白鳥の死は、まもなく舞台生活を終える彼の姿と重なった。彼への感謝の思いとともに、このような稀有なダンサーをもたらしてくれたバレエの神様に感謝したい、そんな気持ちにさせられた。