http://nnttballet.info/2012manon/index.html
原作:アベ・プレヴォ
振付:ケネス・マクミラン
音楽:ジュール・マスネ
音楽構成・編曲:リートン・ルーカス、ヒルダ・ゴーント
改訂編曲:マーティン・イェーツ
装置・衣装:ピーター・ファーマー(ニコラス・ジョージアディスの原デザインによる)
演出:カール・バーネット、パトリシア・ルアンヌ
照明:沢田祐二
指揮 : マーティン・イェーツ
管弦楽 : 東京フィルハーモニー交響楽団
マノン:小野絢子
デ・グリュー:福岡雄大
レスコー:菅野英男
ムッシューG.M.:貝川鐵夫
レスコーの愛人:寺田亜沙子
マダム:楠元郁子
看守:山本隆之
物乞いのリーダー:八幡顕光
新国立劇場バレエ団が前回「マノン」を上演したのは実に9年前、2003年のこと。アレッサンドラ・フェリ、酒井はなさんがともにマノン役を熱演した舞台の印象は鮮やかで、再演を待ち望んでいた作品。今回は、当時と出演者も大幅に入れ替わってしまったが、バレエ団としてのレベルアップが感じられ、少々お行儀が良すぎるきらいはあるものの、マクミランの世界が舞台上にてきちんと表現されていた。これほどのクオリティの上演の観客動員が振るわなかったのはつくづく残念である。どうも周りでも観に行った人が少ないようなのだが、これを見逃してバレエファンだと言えるのかと問いただしたくなってしまうほどの気持ちになってしまった。
6月24日の、ヒューストン・バレエのペアが主演した舞台も観た。サラ・ウェッブ、コナー・ウォルシュのペアはパートナーシップが大変優れていて、パ・ド・ドゥの流れるような滑らかな動き、ぴったりとした息の合い方が見事なことに感銘を覚えた。二人とも役にとても馴染んでおり、特にデ・グリュー役コナー・ウォルシュのひたむきな演技、一途な愛の表現には心を打たれた。知名度の点では劣るゲストであったが、カンパニーにも大きな刺激を与えたようで良い人選だったと思える。
さて、こちらの公演では、マノン役に小野絢子さん。可愛らしい印象の強い彼女が、魔性の女マノンをどう演じるか興味津々だった。同じマクミランの「ロミオとジュリエット」では、ジュリエットそのものとして舞台に存在して彼女の生を生ききって鮮烈な印象を残した。そして迎えたマノン役。小野さんは、バレリーナとしても、演技者としても一流であることをここで証明した。
修道院へ向かう馬車から降りてきたマノンは幼さの残る可憐な少女で、デ・グリューとぶつかって目が合った瞬間に恋に落ちる。天使のような純真さを見せながらも、しっかりお金の入ったカバンを抱えるしたたかさも覗かせる。男たちの視線を浴びて、自分がどれくらいの価値を持っているのかしっかりと感じ取っているのが分かる。小野さんは出会いのパ・ド・ドゥでは、上半身と下半身が別々に動く複雑な動きをスムーズに音楽にぴったりと寄り添うようにコントロールして、甘やかな高揚感を醸し出していた。寝室のパ・ド・ドゥでは、小野さんのベッドに絡みつく姿態のあどけない色っぽさとしなやかな背中に魔性の輝きがあった。特筆すべきは彼女の視線の使い方と目力の強さ、首の向け方で、マノン独特のコケットリーの中に、欲しいものは必ず手に入れたいという強い意志を感じさせるものであった。
さっきまでデ・グリューと甘い言葉を交わし愛し合っていたのに、ムッシュGMに宝石や毛皮を与えられると思わずそれらに惹きつけられてしまう享楽的なマノン。愛も欲しいけど贅沢な暮らしも欲しいの、という素直さは、欲望に流され欲深い周囲の犠牲となる女ではなく、モラルにとらわれずにあくまでも自分の意志で欲しいものを掴んでいこうという素直な強さを持つ現代的な女性であるマノン像と解釈した。2幕で華やかに着飾って現れ、デ・グリューの想いとは裏腹に、男たちの腕から腕へと渡されリフトされる自らの姿に陶酔するマノンは、自身の魅力がもたらすきらびやかな世界に幻惑されているようである。そんな彼女もデ・グリューに迫られればいかさま賭博をして駆け落ちしようと彼の情にほだされるし、キラキラ光るブレスレットを最初は自慢げに見せびらかしながらも、やがてデ・グリューに対して負い目を感じて苦しむ。そんなマノンのアンビバレントな心理を、小野さんはひたむきに細やかに演じきっていた。そしてマノンは兄レスコーのことが本当に好きだったんだろうな、とレスコーの死体にしがみつく様子を観て感じた。
3幕での汚れてやつれ果てた姿でも、小野さんのマノンには輝きがあって、看守に目をつけられてしまったのも納得できてしまう美しさがあった。華奢で小柄な彼女が看守の慰み者にされてしまうのは、小鳥が猫にいたぶられてしまっているかのようで、なんという痛ましさ。ルイジアナに流れ付いたマノンが、瀕死の状態で横たわっては走馬灯のように今までのことを思い出してはうなされ苦悶する様子は、バックに繰り広げられる回想シーンとうまく連動していた。ぼろぼろになっても、最後まで少女の愛らしさとイノセントさを残した小野さん。沼地のパ・ド・ドゥでは、残されたのはただただデ・グリューへの愛だけになって、息も絶えだえに最後の命の灯を燃やし尽くす姿、もう何も見えなくなっていく中で、ただひとつ残された光を掴もうとデ・グリューの腕に飛び込み回転する姿もマノンの強い想いが形になっていたようで、見事としか言いようがない。
デ・グリューの福岡さんは、小野さんの凄まじい演技や踊りと比較すると影は薄かったが、特に3幕でのエモーショナルな演技は心を打った。デ・グリューはマノンに翻弄され裏切られて苦悩しても、一途に彼女を愛し尽くす。悪徳に染まっていく彼女を見捨てずにどこまでもついていくデ・グリューがいたからこそ、マノンは破滅してしまったと思える、そんな業を背負ったキャラクターなのであるが、福岡さんは健康的すぎて、そこまでの屈折は感じられなかった。しかし、情熱のこもった踊りと演技はしっかり見せてくれていて、2幕のブレスレットのシーンでの踊りや3幕の看守を刺殺するときの踊りには強い憤怒と激情があり、何より沼地のパ・ド・ドゥでのマノンとの最後の抱擁から彼女の死を知るときの慟哭までの一連の愛にあふれる演技には胸を打たれ、思わず涙してしまった。サポート面がやや弱かった印象の強い福岡さんだが、今回は健闘していて、マクミラン独特の複雑なリフトもきっちりとこなしており、小野さんの踊りを流麗に見せていた。
レスコーは菅野さん。ゲスト出演日の古川さんほどの悪どさやクセの強さは感じさせず演技面のインパクトは弱かったが、酔っ払いダンスでは高い技術を見せてくれて、酔っ払う演技とオフバランスを多用したワイルドな踊りの絶妙なバランスを保っていた。レスコーの愛人役は、ゲスト出演日の湯川さんが貫禄があってあまりにはまり役だっただけに、寺田さんは不利だった。生き生きと踊っていた二人の娼婦長田さんと厚木さんと比べても印象が薄く、下っ端娼婦にしか見えなかった。ムッシュGMも、ゲスト日のマイレンの芸の細かさや厭らしさと比較すると貝川さんの印象はあまりにも弱くてミスキャストだった。看守役の山本さんはさすがの演技力で、ハンサムなゆえにより一層残酷さを感じさせた。客の一人を演じていたマイレンは、男装の少女娼婦と戯れている様子が可笑しくってついつい目を奪われてしまった。マノンが客の男たちに次々とリフトされるシーンの要所要所で、マイレンがきっちりとサポートをしているのが分かり、このような信頼できる男性が一人いると舞台が安定することが実感された。ベガーチーフの八幡さんの華やかなテクニックも素晴らしく、特に連続トゥールザンレールの鮮やかさには目を見晴らされた。(八幡さん、怪我したダンサーの代役でユニバーサル・バレエの「ロミオとジュリエット」(マクミラン版)のマキューシオ役でゲスト出演することになったとのこと)
今回、音楽のオーケストレーションが改訂され(2011年、フィンランド国立バレエで初演)、その編曲を行なったマーティン・イェーツが指揮を行なった。音楽のアレンジについては、聞き慣れている音楽とは違っていて少し違和感があったが、東京フィルハーモニー交響楽団の演奏は素晴らしくて上演のクオリティを押し上げていた。
マクミラン作品独特の猥雑さ、頽廃、重厚なドラマを表現するのは日本人にとっては難しいところがあるのは否めないが、今回の上演では、新国立劇場バレエ団は健闘していた。小さな役に至るまで、ひとりひとりの登場人物にそれぞれの人生のドラマがあるのが感じられたのだ。ぜひともこの作品の上演を重ねて磨き上げ、よりドラマ性を深めていってほしいと思う。
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