「魅惑のコスチューム:バレエ・リュス展」が昨日開幕しました。
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http://www.tbs.co.jp/balletsrusses2014/
とても楽しみにしていた展覧会だったので、初日の昨日、早速行ってきました。オーストラリア国立美術館シニア・テキスタイル・コンサヴェーターのミシェリン・フォード氏による講演会「Behind the Scenes: The conservation of the costumes of the Ballet Russes(舞台の裏側で:バレエ・リュス・コスチュームの保存)」も聴いてきました。
http://youtu.be/tCKAKv8aBV8
この、バレエ・リュス・コスチュームの保存についてのお話が大変興味深かったです。
ディアギレフが亡くなったのは1929年。バレエ・リュス作品の衣装も、数奇な運命をたどっていきました。レオニード・マシーンが衣装や装置をまとめ、ニューヨークの演劇プロデューサーであるE・レイ・ゲッツ氏が購入し、マシーンとともにバレエ・リュスの再結成を図っていましたが、大恐慌により、このコレクションも売却せざるを得ませんでした。34年にマシーンはバジル大佐を支持するグループに売却することになります。これらの衣装はバジル大佐のバレエ・リュス・ド・モンテカルロの公演に使われましたが、バジル大佐が51年に亡くなると、ディアギレフの熱烈な支持者であったアントニー・ディアマンディの設立した「ディアギレフ・アンド・ド・バジル財団」の資産となります。ディアマンディは、バレエ・リュスの芸術的遺産を継承する新しいバレエ団を設立しようという者が現われるだろうという希望を抱いていましたがそれは実現しませんでした。そして、結局、コレクションはサザビーズに委託されることになります。カタログは、リチャード・バックルが管理しました。68年、69年、73年にオークションが行われました。コレクションの大部分は、ロンドンのシアター・ミュージアム(現在のヴィクトリア・アンド・アルバート博物館の収蔵品に含まれる)、ロサンゼルス・カウンティ美術館、ストックホルムのダンス博物館、アムステルダムのシアターミュージアム、そしてコネチカット州ハートフォードのワズワース博物館によって購入されました。
1973年の最後のオークションで、オーストラリア・ナショナル・ギャラリー(オーストラリア国立美術館)が400点あまりを購入しました。その後も、76年にもまとまった形で購入し、さらにその後も、「青神」の衣装などを追加購入しました。衣装の他にも、衣装やデザイン画のコレクションも購入しています。
オーストラリア国立美術館では、12人のテキスタイルコンサルタントがおり、34年にわたってこのコレクションを管理し、修復を手掛けています。講演を行ったミシェリン・フォード氏は、30年以上携わっています。
これらの衣装は当初、薄紙に包まれて保管されていましたが、経年劣化が激しいためポリエステルの布に包みなおして、金属製のキャビネットに保管されています。基本的には最低限の介入しか行わず、当時のものを維持しています。顕微鏡などで細かく見て繊維を識別し、シミも記録してデータベース化し、巡回展などを行うときには状況報告書が付随するようにしています。
衣装を細かく見ていくと興味深い発見があります。衣装の裏側には、税関のスタンプが押されていて、どこでこの衣装が着用されたのかがわかります。ニジンスキーが着用した「青神」の衣装では、内側に青いドーランの跡が残っており、どのようなメイク用品を当時使っていたのかが分かります。このようなメイクの汚れは取り除かないようにしています。
ナタリア・ゴンチャロワがデザインした「金鶏」ドドン王の衣装(ローブ)では、純金の糸が使われ、なんと77本のイタチの尻尾が裏側に使われているという豪華なものです。
レオン・バクストがデザインした「カルナヴァル」のコロンビーヌの衣装に紫外線を当てたところ、衣装には実は手描きの水玉の柄があったことがわかりました。また、衣装の中には、一度使われたあと、つくりかえられることもあります。「火の鳥」の女性ダンサーの衣装は、1910年にアレクサンドル・ゴロヴィンによって製作されましたが、1926年の上演の際にはナタリア・ゴンチャロワが手を加えて、色をもっと鮮やかにして、メタリックな組みひもを縫い付けました。同じ衣装が3点あったので、1点は元のデザインの状態を見せるために、アップリケや組みひもを取り外して、元の姿に戻してあります。この作業を行うべきかどうかは、学芸員の間でも議論し、取り外された組みひもなどは保管して、いつでも取り付けられるようにしているそうです。
レオン・バクストがデザインした「シェヘラザード」の宦官長の衣装は、3層になっており、上演のたびに重ねられていました。これもバラバラにして、最初の上演の時のものを展示し、付け加えられたものは別に保管しているそうです。
また、保管に関して、衣装を洗浄すべきかどうかは重要な問題です。衣装については必ず染料のテストを行い、結果によっては洗わないこともあるし、表面だけの洗浄にとどめることもあります。衣装をきれいにするために、なんと唾液を使うこともあるそうです。唾液はPHが中性で、天然の酵素も含まれているため、クリーニングに適しているのだそうです。(最終的には、唾液成分も洗浄で落としますが)
修復用の生地は、自分たちで染めて元の生地と同じ色にします。多くの場合、シルクのクレペリンを使用します。修復のために縫う糸は髪の毛くらいの細さのシルクやポリエステルの糸を使います。
展示の際には、色があせないように、生地が劣化しないように照明や温度をコントロールします。「青神」の衣装など、ゼラチンのボタンを使用しているため、溶けてしまう危険性があるからです。
展示のために衣装にマネキンを着せるときには、細心の注意を払わなければなりません。脆く破れやすいからです。6人の手を使って着せることもあるそうです。一つ一つの衣装には、カスタムメイドのマネキンが作られています。ワイヤーのボディにポリエステルの綿入れをつけ、ニットのカバーがつけられています。それぞれの衣装が最も映えるような形をしています。
ナタリア・ゴンチャロワがデザインした「サドコ」の烏賊の衣装は、1995年にコレクションに入りました。ビニールのネットが付着しており、シルクが断片化してしまっていました。ビニールを丁寧に剥がし、シルクのガーゼをアイロンで接着し、9か月もかけて修復しました。現物を見ると、そのように傷んでいたとは、非常に近い距離で見ない限りはわかりません。
バレエの衣装は、多くのダンサーたちによって着用されており、そのたびに手が加えられたりもします。また、実際の舞台では着用されず、PR活動やイベントのためだけに着用されたものもあります。バレエ・リュスの始まりから100年が経ち、実際に着用した人に話を聞くことは困難になってきました。そのため、写真などの資料を基に研究調査が行われてきました。
衣装は、バレエという大きな文脈の中では一部にすぎませんが、パフォーマーと観客との間の緊密な関係を思い起こさせるには十分な力を持っています。バラバラになってしまったものもあるし、壊れやすいものですが、夢の断片として目の前に登場し、何かを語りかけてくれ、記憶の世界を目に届けてくれるものです。
現在もなお、140もの衣装が修復を待っているところです。たとえばバクストによる「眠り姫」の衣装の修復には、1年はかかるだろうと言われています。気が遠くなるような作業を経て、これらの衣装は美しい姿に復元されているのでした。
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さて、展覧会そのものについての感想を少し。
今回の展覧会、衣装だけだと思っていたのですが、実は衣装以外にも、ジャン・コクトーによる美しい「薔薇の精」のポスターを始め、写真や図版、そして当時のパンフレットなども展示されているので、より立体的に見ることができました。主な作品としては、これらの衣装が展示されています。
第一章 1909-13 ロシア・シーズン
「アルミードの館」 「イーゴリ公」
「クレオパトラ」 「カルナヴァル」
「シェヘラザード」 「火の鳥」
「ナルシス」 「ペトルーシュカ」
「青神」 「タマール」
「牧神の午後」 「ダフニスとクロエ」
第二章 1914-21 モダニズムの受容
「蝶々」「金鶏」
「サドコ」「奇妙な店」
「ナイチンゲールの歌」「女の手管」
第三章 1921-29 新たなる本拠地モンテカルロ
「道化師」「眠り姫」
「オーロラの結婚」「牝鹿」
「女羊飼いの誘惑」「ゼフィールとフロール」
「鋼鉄の踊り」「頌歌」
「舞踏会」
第四章 1929~ バレエ・リュス・ド・モンテカルロ
「プルチネッラ」「予兆」
「美しきドナウ」「公園」
「フランチェスカ・ダ・リミニ」「永遠の葛藤」
バレエ・リュスで一番有名なのは、エキゾチシズム溢れる第一章の作品、レオン・バクストらによる色鮮やかでドラマティックな衣装だけど、第二章のゴンチャロワに代表されるロシア民族的なところやアヴァンギャルドな作品、マティスなど、そして第三章ではキリコなども登場し、さらにモダニズム的なものが出てくるのが興味深いです。第四章のバレエ・リュス・ド・モンテカルロについては、知られていない作品も多くて、新鮮なものを感じました。
壊れやすい状態になっている数点を除き、ほとんどの衣装はケースなどには収められておらず、360度観ることができるのがとても嬉しいです。よく見ると修復の跡などもわかります。また、一つ一つの作品のストーリーの解説、衣装についても素材など細かく記述があって、とても親切です。ヴィクトリア・アンド・アルバートで開催されたバレエ・リュス展ほどの巨大な規模ではないものの、これだけの衣装が一同に観られる機会はこれまでも、今後もないのでないかと思われるほど充実していました。
なにより、一つ一つの衣装に合わせてマネキンがカスタムメイドされているので、この衣装を着けてダンサーが踊っている姿を想像できるのが嬉しいことです。100年も前の伝説的なダンサーがこれらに袖を通して踊っていたかと思うと、興奮も抑えられないほどです。ディアギレフ時代のバレエ・リュスの映像は一切残されていないので、私たちは、写真、そして衣装からどんなふうに踊られていたのかを想像するしかありません。美しく復元された当時の衣装を見て、会場に展示されている写真なども合わせると、それらの場面が脳裏に浮かんできます。これは素晴らしい体験です。会場でも、「シェヘラザード」「眠れる森の美女」などでは音楽も流れているので、ますます想像力が刺激されます。
やはり凄い!と思ったのは、実際にニジンスキーが着用した「青神」です。実に細かいボタンなどの装飾が取り付けられています。「クレオパトラ」「シェヘラザード」の衣装のあでやかさにも息を呑みました。「オーロラの結婚」は、女官の衣装ですら圧倒的にゴージャスで、この衣装制作費の高さでディアギレフが財政的な困難に陥ったのも納得できます。そのためこの衣装は差し押さえられてしまい、実際に着用された回数が少ないため、保存状態が良いそうです。
「ジゼル」のアルブレヒトのパンツもありました。当時は、男性ダンサーは下半身はタイツの上にこのようなショートパンツを着用していたのです。
それと、小さなモニターですが、パリ・オペラ座バレエが1990年代に踊った「三角帽子」と「青列車」の映像が流れています。ゆっくり見る時間はなかったのですが、市販DVDとは別の映像なので、オペラ座ファンには必見だと思われます。パトリック・デュポンの踊る姿が観られます。
カタログは、値段は3500円と高めですが、印刷もとても美しく、さらに詳細な解説、バレエ・リュス全体について、修復作業について、など読み応えのある文章もたくさん載っているので、バレエ・リュスに関心がある方なら絶対に買うべきだと思います。1990年代にセゾン美術館で行われたバレエ・リュス展のカタログは古本屋さんでも非常に高値で取引されており入手困難です。このカタログがそうならない保証はありませんので。
今後も多くの講演会や映画「バレエ・リュス 踊る歓び、生きる歓び」などの上映等イベントが企画されているので、また会場に足を運ぶと思います。講演会が終わったのが4時半で、閉館までの1時間半ではとても時間が足りなかったのです。
会場
国立新美術館 企画展示室1E(〒106-8558 東京都港区六本木7-22-2)
会期
2014年6月18日(水)~ 9月1日(月)
毎週火曜日休館 ただし、8月12日(火)は開館
開館時間
10:00 - 18:00 金曜日、8月16日(土)、23日(土)、30日(土)は20:00まで
※入場は閉館の30分前まで