韓国ユニバーサル・バレエの「白鳥の湖」は、同バレエ団で2007年まで芸術監督を務めていたオレグ・ヴィノグラードフ(元マリインスキー・バレエ芸術監督)による改訂振付版。
この版は、現在マリインスキー・バレエで上演されているセルゲイエフ版を基本とした、ロシア・バレエの伝統に基づいたものであるが、4幕の演出が異色である。3幕(黒鳥のシーン)と4幕の間に休憩が入らず、場面転換を行う間、王子がソロを見せる。ロットバルトと王子が戦い、王子はロットバルトに深い傷を負わせるものの、自身も致命傷を負って斃れ、オデットが白鳥たちとともに戦ってロットバルトを倒すというもの。他の版では見られないドラマティックさである。1月の来日公演でも、このバレエ団を代表するプリマ、ファン・ヘミンの圧倒的なパフォーマンス、そして粒ぞろいのコール・ド・バレエ、伸び盛りのソリストたちの演技を堪能した。プロダクションの美術も手が込んでいて美しく、全体的なクオリティもとてもハイレベルなもの。
Version Oleg Vinogradov (based on Konstantin Sergeyev)
Set Design Simon Pastukh
Costume Design Galina Solovieva
Odette/Odile Yena Kang
Seigfried Evan McKie
Rothbart Jiadi Dong
今回のソウル公演は全6回で、チケットの売れ行きも大変良かったもよう。週末の公演はソールドアウトだったため、行きそびれてしまった。3月11日の公演は、エヴァン・マッキーがゲスト出演、当初は同じくシュツットガルト・バレエからヒョジュン・カンがゲスト出演の予定だったのが、彼女の怪我でカン・イエナが代わりに踊ることになった。一昨年に「オネーギン」を一緒に踊ったペアである。エヴァンの白鳥の王子は昨年の来日公演でも観ているが、クランコ版の「白鳥の湖」と今回のはかなり版が違う。クランコ版の王子は、青春時代を謳歌していて大人になりたくない青年、一方、こちらは憂いと翳りのある、正統派の王子様だった。特筆すべきは、エヴァンのワガノワ・トレーニングを伺わせるエレガントなポール・ド・ブラと、地面に吸い付くような柔らかく伸びやかなタンデュ。端正で美しい。細かいキャスト表が配布されていなくて各日のキャストがわからなかったのだが、パ・ド・トロワのジョン・ユィ、そして道化役のシャオ・クンは目の覚めるようなテクニックを見せてくれた。
2幕、湖畔のパ・ド・ドゥでは、オデットと王子の心が通じ、そして通い合うプロセスがよく見えた。カン・イエナは、長身でほっそりとして手脚の長いバレリーナ。繊細な彼女をまるでこわれもののように、優しく丁寧に導きサポートする王子。王子の手に導かれてオデットのポーズが一つ一つ決まっていきピルエットもアラベスクも美しく見える。これほどまでに見事なサポートをする白鳥の王子もいないのではないかと思うほどだった。エヴァンの王子は、イエナのオデットを深く愛しているのが伝わってくる。イエナは、東京で主演したファン・ヘミンほど強靭なテクニックの持ち主ではないけれども、プロポーションのバランスの良さも手伝い、とてもたおやかで情感のあるオデットを見せてくれた。7月に引退する彼女にとって、これが最後のオデット役だったのだ。
黒鳥を演じたイエナは、とても艶やかで美しく、誘惑的なオディールだった。あからさまに挑発的なわけではなく、王子を愛している素振りを見せながらも、クールで魅惑的だ。アダージオでオデットの振りをする様子が、本当にオデットみたいにエレガントでたおやかだったのが、逆に背筋が寒くなった。オディールはグランフェッテもきっちりと決めて、王子が愛を誓うと突然邪悪な素顔を見せて高笑いをする、そのコントラストが鮮やかだ。王子が差し出した花束が、ここで黒く変色するという演出も効果的。オディールに愛を誓ってしまった過ちに気がついた王子が、何度もその仕草を打ち消そうとするものの取り返しのつかないことをしてしまったことに打ちのめされ、走り去る様子も印象的だった。
3幕と4幕の間の王子のソロは、オデットを裏切ってしまった後悔に満ちたもの。場面転換の場つなぎのために挿入され、幕前の狭いスペースで踊るために長身のエヴァンは踊りにくそうだったけれども、特に長い腕と高いアラベスクなど一つ一つの動きに感情が込められていた。
4幕では、コール・ド・バレエは白鳥チームと黒鳥チームに分かれている。けが人が続出したため、コール・ドの人数が18人と少なかったのが少し残念。悲しみのオデットを円陣で取り囲んだ白鳥たちの周りを、王子が何周もマネージュする。いつまで回っているんだろう、というくらい長い間、その跳躍は柔軟ながらも勢いが落ちることがない。コール・ドの統一感が哀しみを盛り上げる。王子はロットバルトと敢然と戦い、片方の翼をもぎ取って深い傷を負わせたものの、ロットバルトの反撃に遭い、その一撃で王子は斃れる。オデットは白鳥たちとロットバルトに戦いを挑む。ここでイエナのオデットは、強さと共に脆さを見せ、悲しみの中にロットバルトへの復讐と強い憎しみを込めて決然とロットバルトを追い詰める。ロットバルトは死ぬが、王子の亡骸に寄り添うオデットは、翼を悲しげに広げて天を仰ぎながら慟哭する。最後に一人残されたオデットは、愛する王子を失い、ロットバルトも滅びたため、人間に戻る希望も愛も何もかも失うという、地獄のような悲劇的な結末。その悲劇性を歌い上げるように演じたイエナは、ドラマティック・バレリーナらしい感情豊かさで演じて、深い余韻を残した。
最後のオデット/オディールを踊り終えたカン・イエナは、カーテンコールではとても満ち足りた表情をしていた。