シュツットガルト・バレエの黄金期「シュツットガルトの奇跡」を作り上げ、「じゃじゃ馬ならし」のペトルーチオ役や「椿姫」のアルマン役など数々の名作の初演キャストであったバレエ界の伝説、リチャード・クラガンがリオ・デ・ジャネイロで亡くなりました。享年67歳。
http://www.jb.com.br/cultura/noticias/2012/08/06/morre-no-rio-o-ex-bailarino-richard-cragun/
1944年に米国サクラメントで生まれたクラガンは、ロイヤルバレエスクールを卒業して1972年にシュツットガルト・バレエに入団。65年にプリンシパルに昇進し、30年間にもわたるマリシア・ハイデとのパートナーシップで知られました。主な初演作品としては、前記「じゃじゃ馬ならし」のペトルーチオ役や「椿姫」のアルマン役の他、ノイマイヤーの「欲望と言う名の電車」のコワルスキー、ハイデの「眠れる森の美女」のカラボス、マクミランの「大地の歌」「レクイエム」、クランコの「イニシャルR.M.B.E」「カルメン」「法悦の歌」、テトリーの「ヴォランタリーズ」など。そしてクランコの「オネーギン」や「ロミオとジュリエット」の名演でもよく知られています。世界バレエフェスティバルにも何回も参加しています。
96年にダンサーを引退した彼は99年までベルリン・ドイツオペラバレエの芸術監督を務めたあと、ブラジルに渡って自身のカンパニーを設立。その後2005年に心臓発作を起こして体調を崩していました。
昨年2月に行われたシュツットガルト・バレエ設立50周年記念ガラでは、クラガンは病をおして出席し、マリシア・ハイデ、ビルギット・カイル、エゴン・マドセンら当時のスターと再会を果たし、彼らに捧げられた「イニシャルR.M.B.E」(Rはクラガン、Mはハイデ、Bはカイル、Eはマドセン)が上演されました。私もこの時幸運にして舞台上の彼の姿を見ることができました。
クラガンの死は、一つの時代の終焉を物語るものです。ご冥福をお祈りいたします。