2月15日の新国立劇場バレエ団「白鳥の湖」の舞台を観た後、大原永子次期芸術監督による新シーズン説明会に参加しました。
ラインアップはこちら
http://www.nntt.jac.go.jp/ballet/variety/#anc2014_15
「白鳥の湖」については、後で感想をアップするかもしれませんが、ここの牧版の「白鳥の湖」がこれほどまでにつまらない作品だったのか、と思わず愕然としてしました。主演の小野絢子さんはじめ、ダンサーのレベルはとても高く、またこのバレエ団自慢のコール・ド・バレエもとても良く整っていて非常に美しかったのですが、あまりに平板な仕上がりとなっていて。このバレエ団は大好きですし、クオリティは高いのに、なんでこれほどまでに感動が薄いのか…。それはやはり、演出がどうしようもなくつまらなく、ドラマツルギーの点でもつじつまが合っていないからです。
さて、大原永子さんの演目説明会、事前にお客さんからいただいた質問をもとに、質疑応答が行われました。こういうことはとても良いことだとは思うのですが、やはり多くの観客は、「ロミオとジュリエット」のようなドラマティックなバレエはやらないの?とか、デヴィッド・ビントレーの作品は一つもやらないの?とか、コンテンポラリー作品はやらないの?といった疑問を当然ながら持ちますよね。そのような質問が出てきたのですが、どうもそれらの質問に対する答えについてはあまり腑に落ちるような回答はありませんでした。
一番いえることは、この劇場はこのような方向性を持ってプログラムを組みました、というビジョンが明らかになっていないことです。「作品の質の向上」「ダンサーのレベルの向上」「観客動員」が3つの目標ということですが、これは、劇場を運営する上では当然のことであって、胸を張って言えるような方向性ではないと思います。
国から援助が出ている劇場ならば、メッセージ性をもってしかるべきだし、より幅広い観客層に受け入れられるにはどうしたら良いのか、ということを考えていなければならないと思うのです。バレエ芸術を多くの人びと、日本の国民に広げるにはどうするべきか、そして(厳密には国立ではありませんが)日本の国立のバレエ団として発信していくことはたくさんあると思います。
たとえば、ビントレー時代の「パゴダの王子」という作品では、日本人が震災という悲劇に負けず立ち直っていき、家族の絆と伝統文化を大切にしながら復興していくという強いメッセージ性があり、この新国立劇場バレエ団で生まれた作品が、今英国のバーミンガムロイヤルバレエで上演されているということは、ビントレーの残した素晴らしい実績だと思います。新しい芸術監督の下では、このようなクリエーションやメッセージ性の発信は残念ながらまったく望めないと感じました。
「新国立劇場の芸術監督の役割」
まず、国立の劇場なんだからレパートリーは古典寄りにすべきだというお考えが良くわかりません。もちろん、クラシックのテクニックは基本ですが、このバレエ団のダンサーは皆さんクラシックのテクニックに優れた方ばかりなので、今更強調することでもないでしょう。その古典も、オープニングの「眠れる森の美女」が新制作なのはいいと思うのですが、残りの「ラ・バヤデール」と「白鳥の湖」は、評判の良くない牧阿佐美版です。「白鳥の湖」を2シーズン連続で上演する意味は何でしょうか?どうしても古典3演目、ということでしたら、まだ「ドン・キホーテ」か「ライモンダ」にすれば良かったのではないかと思います。大原氏曰く、「コンテンポラリーばかり踊っているとクラシックは踊れなくなる」とのことですが、現在のラインアップだってコンテンポラリーばかりではないですし、クラシックは十分踊れていると感じられます。古典ばかりでは、ダンサーもモチベーションが上がらないのではないでしょうか。
古典中心のカンパニーでももちろん良いと思いますが、そう主張するだけの信念を感じさせるプログラムではないと感じました。(たとえば、ボリショイ劇場では、古典中心のレパートリーを主張するグリゴローヴィッチやツィスカリーゼの一派がありましたが、彼らには、信念はありました。この劇場には、そのような信念はあるのでしょうか?)
アシュトン版の「シンデレラ」は、大原氏曰く、これよりも良い「シンデレラ」はなかったとのことですが、本当にそう思われたのでしょうか?ビントレー版、クデルカ版、ウィールダン版、ヌレエフ版、ボーン版などいくつも「シンデレラ」はあります。今回アシュトン版の「シンデレラ」が上演されるのは実に8度目で、いくらなんでもマンネリなのではないでしょうか。クリスマスシーズンに幅広い観客層を集めたいということなら、「くるみ割り人形」の、やはり評判の悪い現在の版を改定して上演するということは考えなかったのでしょうか。また、「アラジン」も、ファミリーエンターテインメント作品なので上演しても良かったのではないかと思います。
牧阿佐美版「ラ・バヤデール」は、牧改訂版の中では良いほうですが、「長過ぎる『バヤデール』から余計なものを取り除いた」ということです。3段のスロープがあるなど豪華なプロダクションですが、実際にはとても楽しい太鼓の踊りを省略してしまっているのが残念に思えます。今年3月に初演される熊川哲也版と比較してどうなのかは、気になるところです。
唯一のトリプルビルはバランシン「テーマとヴァリエーション」ドゥアト「ドゥエンデ」そして新制作のロバート・ノース「トロイ・ゲーム」。前2作品は良いと思いますが、なぜ、古臭い作品である「トロイ・ゲーム」(1974年初演)を今更取り上げるのか、よくわかりません。男性のマッチョさを強調した作品が、日本人ダンサーによる新国立劇場バレエ団に合うのか、疑問に感じられてしまいます。「眠り」以外では唯一の新制作がこれ、ってあまりにもセンスが古いと思います。
トロイ・ゲーム(ダンスシアターオブハーレム)
http://youtu.be/pEVkfCFb4cI
ローラン・プティの「こうもり」も、なぜこの作品がこんなにも繰り返し上演されているのか疑問に感じます。大人向けで音楽ファンも呼び込めるから何年に1回は上演したい、とのことですが、そこまで出来の良い作品かどうか。同じプティ作品なら、以前も新国立劇場バレエ団で上演した「コッペリア」では駄目だったんでしょうか?
現行のシーズンでは、ニジンスカの「結婚」、そしてハンス・ファン・マネンの「大フーガ」、ジェシカ・ラングによる世界初演作品とデヴィッド・ビントレーは、海外のカンパニーにも負けない高いクオリティの新制作作品を入れることに成功しました(加えて、バランシンの「アポロ」と「シンフォニー・イン・スリー・ムーヴメンツも新制作)。それだけに、来シーズンがあまりにも見劣りしているのが悲しいところです。
東京バレエ団は、今シーズン、マッツ・エックの「カルメン」そしてノイマイヤーの「ロミオとジュリエット」を新制作で上演しました。来シーズンは、ベジャールの「第九交響曲」を上演予定です。このバレエ団も財政的に苦しいところがあると思われますが、プログラム自体は非常に意欲的です。民間のバレエ団がこれだけ頑張っているのに、新国立劇場バレエ団の来シーズンの体たらくはいったい何でしょう。
「とにかく一人でも多くのお客さんに来てもらえるラインアップにした」ということですが、そのお客さんはどのような層を考えているのでしょうか。今の新国立劇場バレエのWebサイトや、新シーズンのチラシが、とてもファンシーでお子様向けなのが非常に気になるところです。
「デヴィッド・ビントレー作品は上演しないのですか」という質問に対しては、今までの彼の芸術監督時代では、彼の作品ばかりを上演してきたので、一年お休みにすることにしました、とのことでした。古典中心だったバレエ団が、幅を広げるきっかけとなったビントレー作品、ぜひ今後は続けて上演してレパートリーとして大切にしてほしいものです。
ドラマティック・バレエについては、いつとはいえないけど考えたい、という消極的なお答え。今までも、マクミランの「ロミオとジュリエット」「マノン」そしてボリス・エイフマンの「アンナ・カレーニナ」などを上演してきたわけですが、そのような財産は大切にしてほしいと思います。「大変なのであれもこれもはできない」ということですが、あまりにも来シーズンはバラエティに富んでなさすぎです。
コンテンポラリー作品については、一言、「お客さんが入らないんですよね」。お客さんが入らないのは、コンテンポラリー作品だから、ということだけではないと思います。日本人が古典バレエが好きなのは事実ではありますが、上演時期が悪い(新国立劇場バレエ団の公演時期は、ほかの海外メジャーカンパニーの来日公演と重なることが多い)、お客さんを呼ぶ努力をしていない、ということも大きいと思われます。チュチュとトウシューズで踊られる作品だけがバレエではありません。同じ新国立劇場でも、オペラのほうは観客動員の成績は大変良いのですが、オペラに来る男性客には、チュチュで踊られる古典作品より、現代作品のほうが足を運びやすい可能性が高いわけです。実際、今シーズンのストラヴィンスキー・バレエ・リュス・プロでは、「結婚」のオーケストラ&合唱付きの上演ということもあって、多くの音楽ファンが足を運んだということです。もちろん、大原さんは、「新しい作品を入れていかないと世界の趨勢に置いて行かれる」ということは認識されているようなので、その次のシーズン以降は、コンテンポラリーも入れてきてほしいと思います。
ダンスプログラムでは、一応新国立劇場バレエ団ダンサーによる振付作品集「Third Steps」が残っていることが救いですが、日本人の振付家による、このバレエ団のダンサーが踊る作品が観たいです。以前の平山さんの作品集や金森穣さんの作品を上演した時のように。
とにかく、3大チャイコフスキー・バレエのような有名な作品じゃなくても、このバレエ団が上演する作品なのだから素晴らしいから、観に来てほしい、という積極的な姿勢を見せてほしいし、自信をもって観客に届けられるクオリティの高いものを見せてほしいと思います。バレエ団は、伝統芸能ではないのだし、博物館であってはいけないのです。
いろいろと財政事情が厳しいことは端々に伺えますし、とにかく経済性第一、で組まれたプログラムであると感じました。
それから、お客さんに来てほしい、お客さんにサポートしてほしいと盛んにおっしゃっていましたが、応援するに値する、と判断すればお客さんは観に来るはずですし、それに値しないと感じたら足は運びません。チケット代は決して安いわけではないですし、来シーズンは値上げも予定されています。まずは自分たちが、お客さんに足を運んでもらうにはどうすればいいのかを考えるべきであって、客が来ないのは、来ない客が悪いと言われたらいい気がしないのは当たり前です。
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私が感じるのは、とにかくこのバレエ団は、熱心なファン、ロイヤルカスタマーを大事にしないことです。たとえば、ライバルである東京バレエ団は、この点非常に上手だと感じます。クラブ・アッサンブレというファン組織があって、ファン目線の会報を発行し、会員限定のリハーサル見学会やパーティを開催してます。会費も決して高くありません。チケットを買うとポイントがついて、それを貯めてチケットを買うこともできます。ダンサーからサイン入り年賀状が届きます。ポワント基金を開設し、女性ダンサーたちのためにポワントを寄付できて彼女たちがそれを履いているのも実感できます。ブログも、ダンサーに書いてもらったりして、内容がとても面白いです。バレエ団に熱心なファンが付くのもよくわかります。それだけ、バレエ団が大変な努力と労力を割いているのがわかるので、応援したくなります。
去年行われていた「めぐろ子どもバレエ祭り」もとても良い試みでした。
翻って、新国立劇場バレエ団はどうでしょう。アトレという会員組織はありますが、チケットを買うときに少し割引があって優先販売があるのと、オペラもいっしょくたになった豪華な会報(ただしバレエの情報はほんの少し)が届くだけ。ファン向けのイベントは一切ありません。シーズンエンディングにパーティはありますが、セット券を購入しないと参加資格がありません。キャストもなかなか発表されないので年間セット券なんて買えません。リハーサル見学会は、ビントレーの「パゴダの王子」のときにちょっとあっただけです(あの企画は良かったです)。バックステージツアーはありますが、フリーのお客さん対象の当日の抽選で、会員かどうかなんて全く関係ありません。チケットをたくさん買っているから、チケットを割引きしてくれるかとかそういうのも一切ありません。(「くるみ割り人形」の時に握手会をやったのは良い企画だと思いますが)Facebook、Twitterも開設はしていますが、業務連絡中心で、お役所っぽいです。それに、主演以外のキャストが発表されるのが遅くて、目当ての人が出ている回を買おうとすると予定がたてられません。
先日、パリに行ったときには、オペラ座で「令嬢ジュリー」の公開リハーサルを見学することができました。これは誰でも観ることができるイベントで、チケットは発売(ただし無料)されていたけれど、チケットを持っていなくても当日会場に行くと入ることができました。アナ・ラグーナが振付指導する様子を直接観ることができて、とても面白かったです。ロイヤル・オペラハウスではバックステージツアーが毎日のように開催されています。お金は取りますが、衣装や装置を作っているところを見学できて、さらに運が良ければクラスレッスンまでも観ることができるし、ダンサーやスタッフとすれ違ったりするのでとても楽しいです。
新国立劇場バレエ団は、どうも観客のターゲットを、バレエを習っているお子さんとその親、というところに絞っているのですが、子供だからと言って子供だましの演目を上演すればいいというものではありません。「しらゆき姫」は私も観ましたが、とても大人の目に堪えるようなものではありませんでした。ロイヤル・バレエでは真剣にアウトリーチ活動をしていて、地域に出向いてバレエを見せたり、ロイヤルオペラハウス内で無料のイベントを行い、ロイヤルバレエのトップダンサーが子供たちと一緒にバレエを踊ったり、かなり本格的なことをやっています。日本では、東京シティバレエ団が、アウトリーチ活動をしています。国立の劇場こそ、このようなことをやるべきではないでしょうか。
せっかくの素晴らしい箱を持っていて、しかもダンサーのレベルは超一流なのですから、新国立劇場には、もっとしっかりとしたビジョンを持ったうえで、観客層を広げる努力をしてほしいものです。
古い記事ですが、貼っておきます。
次期芸術監督の人事迷走 新国立劇場
http://www.asahi.com/showbiz/stage/theater/TKY200807090066.html
<追記>
こちらのブログで書かれていることにも、私は全面的に同意します。1月の厚木公演は、ちょうど体調を崩していて観に行けなかったのですが、客入りが非常に悪かったと聞いています。
http://d.hatena.ne.jp/mousike/20140218/1392731580
新国立劇場のオフィシャルサイトに掲載されたニュース「大原永子 舞踊次期芸術監督による2014/2015シーズン舞踊演目説明会が開催されました」
http://www.nntt.jac.go.jp/ballet/news/detail/140217_003877.html