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Channel: la dolce vita
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3/13,16 ナショナル・バレエ・オブ・カナダ「白鳥の湖」

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カナダのトロントで、ナショナル・バレエ・オブ・カナダの「白鳥の湖」と「オネーギン」を見てきました。

振付:ジェームズ・クデルカ
美術、衣装 :サント・ロカスト

オデット/オディール スヴェトラーナ・ルンキナ
ジークフリート エヴァン・マッキー
ベンノ 江部直哉
ロットバルト パトリック・ラヴォイエ
道化 ディラン・テダルディ
娼婦 ジョーダナ・ドーメック
ハンガリーの姫 ティナ・ペレイラ(13)、ステファニー・ハッチンソン(16)
ロシアの姫 エレーナ・ロブサノワ
スペインの姫ジェナ・サヴェラ
イタリアの姫 ジリアン・ヴァンストーン(13)、森 志乃(16)

http://youtu.be/lHJ4_un1AzI

夫君のトラブルに巻き込まれてボリショイから実質離れ、カナダに定住しているスヴェトラーナ・ルンキナ。今シーズンは、ナショナル・バレエ・オブ・カナダのゲストプリンシパルとして、「くるみ割り人形」と現代作品の新作に出演。今回、この「白鳥の湖」こそがボリショイのプリマである彼女の持ち味を生かせるとして話題となっていた公演だった。

さて、ここの「白鳥の湖」はジェームズ・クデルカが1999年に振り付けたもの。非常に変わった設定の作品である。オデットは白鳥に変えられてしまった姫ではなく、もともと白鳥なのである。ロットバルトが、腐敗した人間どもを懲らしめるために彼女送り込み、王家を滅ぼそうと企んでいるのである。この企みはまんまと成功し、3幕の終わりには洪水が起きて王子とロットバルト以外全員死に、4幕は洪水で崩壊した城の廃墟の前で繰り広げられる。ロットバルトは冒頭では大きな翼を持った堕天使のような姿、二幕ではロングヘアーに半裸というなんとも怪しいいでたちで、オデットと王子のパドドゥにも相当割り込んでくる。それもそのはず、少なくとも最初のうちはオデットは完全なロットバルトの繰り人形なのだから。

また、特徴的なのが、この作品にはミソジニー(女性嫌悪)が描かれていること。1幕のワルツは通常男女が踊るのだが、ここでは、王子の友人である騎士達が踊り、登場する女性は二人だけ。女王と「a wench」という役名の女性1人。この役名をどうやって訳したらいいのか難しいところなのだが、辞書を引くと、娼婦、または召使い女とある。どちらとも取れるのだが、王子の友人たちへの絡み方を見ると娼婦のように思える。パ・ド・トロワは、ベンノ、道化、娼婦の3人で踊るという変則版だし、道化はグリゴローヴィッチ版でロットバルトが3幕のヴァリエーションで使う音楽で、娼婦は同じくグリゴローヴィッチ版でオディールが踊るヴァリエーションの音楽でソロを踊る。さらに、普通王子の一幕終わりの憂愁のソロで使われる音楽で、王子とベンノがデュエットを踊るのだ。どうも、王子とベンノはただの友人ではない、それ以上の関係にあるように思える。まるでバチェラーパーティのように王子の友人たちは激しい踊りを繰り広げ高揚していくが、王子はこの踊りの輪には加わらず、冷ややかに見ている。一方友人たちは最後、娼婦を連れ込んで集団で彼女に乱暴をしてしまうのである。王子はそういう男性的なものには関心がなく、ベンノと親しげに語らうだけ。

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Evan McKie and Svetlana Lunkina with Artists of the Ballet in Swan Lake. Photo by Aleksandar Antonijevic.

そのミソジニー的な部分は3幕でも出てくる。花嫁候補である各国の姫たちは、商品のように大きな色鮮やかなマントにくるまれて、大使に伴われて差し出される。彼女たちは、各国の民族舞踊をソロでポワントで踊るが、王子は途中で飽きてその場から退出するほど関心がない。そして最後は、やはり台の上に載せられて、売られて行く家畜のように立たされているのだ。

2幕も変わっているのがこの版の特徴。湖畔のシーンも、湖畔というよりは寧ろ沼地のようで、まるで昼間のように明るい。ロットバルトは、緑色の透けている薄い服をまとった半裸状態の上、長髪でなんだか変質者のよう。そして、ロットバルトがやたら出しゃばるというか、オデット王子の間に割って入ってきてすごく邪魔なのだ。オデットがロットバルトの繰り人形であることを示すための演出とはいえ、本来パドドゥであるべきところがトロワになってしまうのはちょっと残念。音楽の順番もかなり変えており、グラン・アダージョの前にオデットがヴァリエーションを踊る。グラン・アダージョはコーダの前にあって、オデットが王子の愛によって人間の女性的な感情を獲得し、愛が高まったことを示すということでは、効果的な演出である。だが、大きな白鳥の踊りが白鳥2羽とロットバルト、王子のパ・ド・カトルになっているというのは違和感を拭えない。音楽と音楽の間のつながりが悪くてぶつ切り感がある。また、コール・ドのフォーメーションも独特で、それぞれ別の動きをする時があって、一人一人に意思があるかのように思える。

そういう意味では、4幕が一番オーソドックスな演出になっているのだが、ここでは白鳥のコール・ドは全員黒鳥となっていて、唯一オデットだけが白い。視覚的には美しく、白鳥たちが全員ロットバルトの手下であることを示しているようだ。ここで繰り広げられるオデットと王子のパドドゥは哀しく美しい。ルンキナの全身を使った感情表現が実に豊かで、王子に対しての深い愛と赦しの感情が、彼女の柔らかく伸びやかな腕と肩の動きで語られていた。王子とロットバルトは激しく戦うも、結局は相討ちとなり、ロットバルトとともに死んだ王子をかき抱いたオデットが一人嘆き悲しむという幕切れだが、王子が死んでいることに気がついて見せたオデットの嘆きの姿も心を打つものだった。

ルンキナの白鳥としての表現力は見事としか言いようがない。登場した時は、人間ではなくロットバルトが王家を滅ぼすために送り込んだ、美しい女性に見せかけた白鳥であり、魂のない人形のように空虚で動きもやや硬い。だが、王子の愛に触れるに従って、少しずつ人間の心を持つようになってきて、動きも滑らかで雄弁に、そして感情豊かになっていく。ルンキナは、むしろ小柄な部類に入るのだが、腕の可動領域がとても広く、大きくダイナミックで素早い動きも、ゆっくりとした繊細な動きも自由自在な上、エポールマンや背中の表現も饒舌だ。黒鳥の時は、決して大袈裟になることなく、むしろ控えめな中に魔性を感じさせ、アクセントの利かせ方が上手くて、非常に魅惑的だった。特に白鳥のふりをするところはぞっとするほど美しい。ヴァリエーションもバランスの取り方が素晴らしくて見事だったが、グランフェッテはやや不得意のようだった。やや中心が移動してしまったりしていたが、きっちり回り切ったのはさすが。

エヴァンは、まさに立っているだけで王子という雰囲気の持ち主で、1幕ではベンノとのパドドゥ以外は立っているか座っているかのどちらかで、ほとんど踊らない。だが、座っている時の長く伸びてつま先までピンとした脚のゴージャスさにはうっとりするし、立ち居振る舞いの優雅さは持って生まれたもののように見える。白鳥の湖の王子さまってメランコリックなのはデフォルトなのだが、単に憂いがあるだけでなく、ダークサイドを持っているのが感じられる。母親に結婚しろと迫られることに反抗するだけでなく、おそらくは女性に興味がなく、ベンノには単なる友情以上の感情を持っている。一幕で友人の騎士たちが踊りを繰り広げ、娼婦を手篭めにする様子を見てもその輪には加わらないし、彼らに対して嫌悪感すら感じているほどだ。したがって、人間ではなく白鳥に恋したというのも必然と言えるのかもしれない。一目でオデットに恋し、ひたむきに愛を捧げることによって彼女に感情を芽生えさせる。愛を伝える優しいサポート、ルンキナの動きと呼応するようハーモニーを奏でる。二人の気持ちが通じ合い高まりあって行くのが手に取るように伝わり、言葉はなくてもとても雄弁で台詞が聞こえて来るようだった。そしてエヴァンは、アラベスクの角度がすごく高い。3幕ヴァリエーションのアントルシャ・シスの足先がきれい。ルルヴェが高い。彼は王子らしくエレガントに踊ることを主眼にしているから、派手なことは一切しないし、人によっては物足りなく感じる部分もある。けれども、極めてロシア的な踊りをするのでルンキナによくマッチしている。

ベンノ役はファーストソリストの江部直哉さん。王子とデュエットを踊るところは、さすがに長身のエヴァンと並ぶと見劣りするところはあるけど、テクニックは素晴らしい。跳躍は高く、着地が美しくて回転も非常に正確だ。王子とのやりとりも多くて、役作りもしっかりしており存在感がある。すでにアルブレヒトやロミオを踊っている彼はまだ25歳と若いが、プリンシパルになれる可能性も高い。このバレエ団は日本人の活躍が目立っており、森志乃さんは白鳥コール・ドの先頭、小さな4羽の白鳥、イタリアの姫と大活躍。特にイタリアの姫は技術の高さが求められ、別の日にはプリンシパルも踊っている役。平野啓一さんは別の日には道化を踊っていたがそれは見られず、騎士の一人で踊っていたが、長身で見栄えがしており、跳躍も美しい。国際色豊かなバレエ団で、東洋系始め肌の色も様々だけど、アンサンブルの実力は高かった。

美術は、ABTのラトマンスキー版くるみや、ナショナルバレエオブカナダのオネーギンを手がけたサント・ロカストの手によるもの。ロットバルトの悪趣味な衣装を除けば、高い美意識が貫かれた、ややエッジーながら華麗でドラマティックなデザインが魅力的だ。特に3幕の秘密サロンのようなダークな舞踏会において、鮮やかな色彩のマントに、まるで贈り物のように包まれた姫君たちが立っている様子は鮮烈である。

オーソドックスな白鳥の湖とは一線を画する、ダークでビザールなクデルカ版は、かなり賛否が分かれており、否定論の方が多い。特にミソジニー的な描写と音楽の順番を入れ替えていること、邪魔すぎるロットバルトに拒絶反応があるようだ。だが、古典でありバレエの代名詞である白鳥の湖でも、こんなひねった解釈ができて、インパクトの強い作品を作ることができるのは素晴らしいと思う。退屈な作品よりは、変だけど面白い作品の方がいい。

私の英語のレビューはこちらです。
http://bachtrack.com/review-national-ballet-canada-swan-lake-march-2014


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