ナショナル・バレエ・オブ・カナダは、「オネーギン」の上演についてはかなりの歴史がある。84年に初演され、唯一映像が収録され市販されたのがここでの舞台だった。(フランク・オーギュスティン主演、VHSで発売されたけど現在は廃盤。良い映像。) 現シュツットガルト・バレエの芸術監督、リード・アンダーソン(クランコ財団)は、以前このカンパニーの芸術監督だったし、レックス・ハリントンなど、オネーギン役で評価されたダンサーもいた。
http://youtu.be/yTugCaQHrLs
(この動画でタチヤーナを踊っているのは、今回の上演ではなぜか出演していないヘザー・オグデン)
前回2010年にリバイバルした際に、従来のユルゲン・ローゼの衣装や舞台装置を一新し、ウディ・アレンの一連の映画のデザインや、ABTのラトマンスキー版「くるみ割り人形」などのデザインを手がけたサント・ロカストが美術を担当。ユルゲン・ローゼのデザインは淡い中間色を使った落ち着いたものだが、ロカストは、華麗でロマンティックな雰囲気がある舞台装置に仕上げた。暗く沈んだ背景には白樺の林があり、室内は金や曲線を多用していて19世紀のゴージャスな貴族生活を再現しつつもモダンな雰囲気。特に3幕の舞踏会での真っ赤な背景に金を利かせたデザインは美しい。衣装なども、より手が込んだものとなっているが、タチヤーナが3幕の舞踏会でティアラを付けているのはちょっと違和感がある。
舞台装置や衣装のメイキング映像
http://youtu.be/iHq2Bi3WxgI
McGee Maddox and Xiao Nan Yu in Onegin. Photo by Aleksandar Antonijevic.
本来、今回の「オネーギン」は、前のシーズンまでプリンシパルとして在籍していたイリ・イェリネク(元シュツットガルト・バレエ)がゲストとして出演する予定だったのだが、クランコ財団は基本的にゲストダンサーの出演はシュツットガルト・バレエ団員以外は認めないために変更となってしまった。主演したのは、ファースト・ソリストのマクギー・マドックス。長身でサポートはうまく、テクニックもしっかりしている。しかしながら、童顔の持ち主でしかも実際年齢も若く、ちょっとオネーギンのイメージがないのが残念だった。彼が演じるオネーギンは、鼻持ちならない人間という部分はあまりなく、基本的には感じよくしているのだけどふとした瞬間にダークサイドが覗くというイメージ。決闘の後でレンスキーを殺してしまった時の、茫然としながら悔やむシーンでは、この人は実はとってもいい人、優しい人なんだろうなというのが出ていた。
タチヤーナ役はシャオ・ナン・ユー。残念ながら、これはかなりのミスキャストだった。背が高く大柄だし、お顔も少し老け気味なので少女時代のタチヤーナ役が似合わないし、若いオネーギン役とのバランスが取れない。手脚は長いのだけど繊細さに欠けてしまっていて表現が一本調子だ。背中も硬いようである。
一方、タチヤーナの妹オルガ役は、当初はロシア出身の可憐な若手エレーナ・ロブサノワが演じる予定だったのだけど、当日直前に急病で降板。(翌日の公演には無事出演できたそうで良かった)代役として、別の日に踊る予定だったジリアン・ヴァンストーンが踊った。ジリアンはテクニックも強く軽やかに舞い、レンスキー役と一度もリハーサルで合わせる時間がなかったというのに息が良く合っていて、オルガの明るさや軽薄さを的確に表現していた。
Evan McKie in Onegin. Photo by Aleksandar Antonijevic.
そしてレンスキー役には、エヴァン・マッキー。実にレンスキー役を演じるのは7年ぶりとのことで、今回で最後だという。演技に定評がある彼のこと、当たり前だけどふだん演じているオネーギンとは全く違った、若々しく、一幕で登場した時には陽だまりのように温かいレンスキーだった。それがオネーギンの苛立った心の邪心によりオルガにちょっかいを出され、それに簡単に乗って浮かれている彼女の姿を見てひどく傷つく。エヴァンのアプローチが、舞台俳優のようなメソッド演劇的なものなので、まだオネーギン役に馴染んでいないマドックスと差があり過ぎてバランスが悪いように感じられた。決闘の前、レンスキーが深く傷つき、迫りくる死に慄きながら踊るソロは圧巻。自己憐憫は感じられず、とても透明だった。ヴィオラの独奏に合わせて、リリカルにフレージングするようにアラベスクし背中を反らす様子は、一遍の詩のようであった。レンスキーの死こそが、「オネーギン」という物語が暗転する出来事であり、主要登場人物4人のイノセンスの死を象徴するものだと感じられた。
Artists of the Ballet in Onegin. Photo by Aleksandar Antonijevic.
ナショナル・バレエ・オブ・カナダは、アンサンブルのレベルが高い。特に男性ダンサーの質はかなりのもので、1幕の青年たちの群舞も見ごたえがあったし見栄えがする人も多い。女性は東洋人が多いので、その点についてはロシアの物語だと考えると少し違和感がないこともないけれども、こちらもダンスのクオリティは高く、雰囲気は良く出せていた。「オネーギン」の上演経験が豊富なカンパニーならではだ。
願わくば主役二人が違うキャストの日で観たかったし(グレタ・ホジキンソンや、今シーズンこの演目で引退するというアレクサンダー・アントニエヴィックは素晴らしかったことでしょう)、イリ・イェリネクのオネーギンが観たかったのだけど。スヴェトラーナ・ルンキナもきっとタチヤーナ役が似合ったことでしょうけど、ちょうどこの時はロンドンでの「キングス・オブ・ザ・ダンス」に出演していたので、カナダには出演できなかったのだった。
Backtrackに載せた英文レビュー
http://bachtrack.com/review-national-ballet-canada-onegin-march-2014