http://www.nbs.or.jp/stages/1503_giselle/index.html
ジゼル: スヴェトラーナ・ザハロワ
アルブレヒト:ロベルト・ボッレ
ヒラリオン:森川茉央
【第1幕】
バチルド姫:吉岡美佳
公爵:木村和夫
ウィルフリード:岸本秀雄
ジゼルの母:坂井直子
ペザントの踊り(パ・ド・ユイット):
乾友子-原田祥博、吉川留衣-松野乃知、
川島麻実子-梅澤紘貴、河谷まりあ-入戸野伊織
ジゼルの友人(パ・ド・シス):
小川ふみ、加茂雅子、伝田陽美、二瓶加奈子、政本絵美、三雲友里加
【第2幕】
ミルタ:奈良春夏
ドゥ・ウィリ:乾友子、吉川留衣
指揮:ワレリー・オブジャニコフ
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
【ジゼル】世にも稀なる美貌の二人、ザハロワとボッレは立っているだけでも絵画のような美しさです。そんな二人の名演を心に刻んだ観客はスタンディングオベーションで舞台の感動を伝えていました。(写真は2点とも長谷川清徳撮影) pic.twitter.com/qA6Od08q63
— 東京バレエ団 (@TheTokyoBallet) 2015, 3月 13
ザハロワの踊りは最近では、12月のボリショイ・バレエ来日公演の「白鳥の湖」と「ラ・バヤデール」で観ていたのだけど、美しいとは思ったものの、パートナーとの気持ちの通い合いが希薄で、踊りも悪い意味でボリショイ的になって大げさになっており、それほど積極的に観たいダンサーではなくなっていた。
しかし、今回は、ミラノ・スカラ座で共演し、3枚のDVDを出しているロベルト・ボッレがパートナー。もしかしたら、この組み合わせならお互いの良い点を引き出すのではないかと期待し、観に行くことにした。しかも、ジゼルは、以前インタビューで、日本でぜひ踊りたいと語っていた演目。スーパースターペアがゲスト出演とあって、すぐに売り切れ、追加公演まで行われた人気ぶりだった。
DVDでのザハロワのジゼルは、とても村娘には見えず、お姫様のようなジゼルだったが、今回は、貴族の落胤だと思わせるような澄み切った美しさや気品はあるけれど、はじらうような純真さを感じさせてくれた。甘い雰囲気のボッレとは美男美女のカップルだけど、どこか初々しく微笑ましい感じがする。狂乱のシーンでは、彼女はあまり乱れることなく、静かに壊れていく様子を見せていた。この場面でも、髪は乱れずにさらさらとなびき、表情はあくまでも美しく感情をあらわにすることはないけど、迫真性はあった。ウィリたちが呼んでいる様に呼応しながらも、心はどこかへ飛んで行ってしまったかのようだった。この場面は、ジゼル役がいろいろな解釈ができるのが面白いのであって、ザハロワの、魂が抜けて行ってこと切れる、というのも一つの役の理解として説得力はあった。
ボッレのアルブレヒトは、あまり深く物事を考えず、目先の恋を楽しんでいる青年。プレイボーイ風ではあるものの、優しさももっていて、そのジェントルさにジゼルはきっと参ってしまったのだろう。ジゼルが壊れて行っても、最初はなんでこんなことになってしまったのか理解できず、途中でやっと事の深刻さに気が付く始末。だけど、彼女が死んでしまってからの動揺は驚くほど激しい。
そんな彼の情熱的な姿は、2幕のジゼルのお墓に百合を捧げに行くところで最高潮となる。お墓にしがみつき、愛おしい彼女を抱くようにしながら泣き崩れているのだ。心から彼女を裏切ってしまったことを後悔していたかのようだ。なんともストレートな表現だけど、1幕でのラテン・ラバーとも整合性が取れたキャラクター作りだった。だが、あれだけの美貌の持ち主であるにもかかわらず、ボッレはナルシスティックな姿は見せず、あくまでもザハロワのジゼルを美しく見せて、彼女を立てるために存在していた。
ボッレのアルブレヒトには、ジゼルの姿は見えていないかのようで、ジゼルが懇願するところですら、彼はお墓のそばにいて彼女の姿は見えていない。おぼろげに存在を感じ始めたのは、やっとパ・ド・ドゥのところであったけど、最後まで彼女の実態は見えていたのだろうか。
見えていない、と思わせるくらい、ザハロワのジゼルは風の精のように軽やかで浮遊感があり、細く長い腕はふわりふわりとしなやかに空気をはらんで浮かんでいた。それをさらに軽く見せるのが、ボッレの盤石のサポート。彼は本当にパートナーリングが上手くて、ザハロワにまったく体重がないように見えた。羽根のような軽さでありながらも、ザハロワは感情表現はしっかり残していて、ぬくもりすら感じさせるジゼルだった。彼女の演技は、表情に出やすくて、やはり表現がストレートなボッレ同様とてもわかりやすいため、好き嫌いは出るというか、深みに欠けると考える人も多いかもしれない。だけど、誰が見ても二人の心情が手に取るようによくわかることで、多くの人に受け入れられるパフォーマンスとなっている。朝の鐘が鳴った時に二人とも安堵の表情を見せるから、助かったんだ、ということがわかるし。
2人ともベテランの領域に入っており、特にボッレはこの3月で40歳になるというのに、肉体的な衰えは微塵も見えなかった。きゅっと引き締まったヒップ、暑い胸板、そして完璧なパートナーリング。中でも観る者を驚かせたのが、2幕のアントルシャ・シスだった。途中からは腕の力を使っていたものの、40回も見せてくれて、それも高さがあって足先も美しい。悪魔に魂でも売ったのか、と思うほどだった。とても大柄な彼なのに、足音もほとんどしないのが素晴らしい。
ジゼルがお墓の中へと消えてしまった後も、墓の上に泣き崩れるアルブレヒトだったが、ジゼルが残していった花一輪を見つけてそれをいとおしげに捧げ持つ彼の顔には微笑みが。彼女の魂は今もここにいる、と感じたのだろう。
ザハロワは、4日間で3回も全幕を踊っていたせいか、少し疲れたところもあったものの、2幕登場の高速回転、スーブルソーとアントルシャ・カトル、いずれも非の打ちどころはない。デヴェロッペは非常にゆっくりだけどなめらかで、とても高く脚を上げるわけだけど、ロマンティックチュチュで脚が見えすぎないせいか、やりすぎという印象はなかった。チュチュで踊るようなバレエだと、ザハロワはどうもトゥーマッチ感があったり、女王様気質が出すぎてしまうところがあるのだが、「ジゼル」だとそういう欠点が全く感じられず、純粋に踊りで見せてくれているから、今の彼女にぴったりと合っている役柄だと言える。これから、ますます役柄を深めて行って、さらに透明度と精神性の高い、至上のジゼルを見せて行ってくれるのではないかと期待できる。
ただし、二つだけ残念な点がある。2幕のアダージオで、跪いたアルブレヒトの背中にジゼルが身体を預けるようにアラベスクでポーズをする、「ジゼル」の中でも象徴的なポーズ(下のDVDのジャケット参照)がとられていなくて、2人バラバラにポーズを取っていたので、心が寄り添っていないように見えてしまったこと。そして2幕終盤で、アルブレヒトにサポートされながらジゼルが移動していくところで、ポワントの足先を蹴るように進んでいく振付が割愛されていたこと。これは「ジゼル」の中でも大事なところだと思うので、惜しいと感じてしまった。
この点を割り引いても、並んだ姿も麗しい二人のパートナーシップはこの上なく美しいものであったし、二人とも持てる最高のパフォーマンスを見せてくれたのが伝わり、満足度は非常に高かった。
東京バレエ団のパフォーマンスのレベルも高かった。踊りの面では、マラーホフに相当鍛えられたのだろう。ダンサーたちもすっかり世代交代をしたのだが、パ・ド・ユイットがとてもクオリティが高く、特に松野さん、梅澤さんがよく跳んでいてシンクロしたラインも美しい。東京バレエ団のヒラリオンといえば、毎回木村和夫さんが熱くて印象的な演技を見せていたのだが、後任の森川さんも健闘、武骨で情熱的、気の毒な若者を熱演。ベルタ役の坂井さんは演技が上手いし、吉岡さんのバチルドは、ザハロワにも負けない高貴さ。
2幕のウィリもとても良くそろっており、足音も小さく、アラベスクしたまま交差するシーンはぞくぞくするほど美しかった。ドゥ・ウィリの2人、乾さん、吉川さんもレベル高く、特に吉川さんはお手本のようにクラシカルな正確さだった。ミルタの奈良さんも上手いのだが、頭一つ抜けるほどの存在感の強さ、怖さそして威厳は少し欠けていたのが惜しい。ウィリたちも、男性に捨てられた悲しみ、恨みが冷ややかな恐ろしさとして伝わってきたらきっともっと凄い舞台になったことだろう。どうも、ヒラリオンをいたぶるウィリたちはなんだか楽しげで、そういう解釈もありとは思うけど、もっと迫力が欲しいところだ。ザハロワ、ボッレという当代随一のスーパースターと共演しても違和感がないほど、カンパニー全体のパフォーマンスが充実していたのは、満員の観客が皆感じたはず。良い公演だった。
![]() | ミラノ・スカラ座バレエ団 ジゼル(全2幕) [DVD] TDKコア 2006-09-21 売り上げランキング : 26620 Amazonで詳しく見るby G-Tools |