勅使川原三郎率いるKARASは、杉並区荻窪にKARAS APPARATUSというスペースを開設しています。劇場、スタジオ、ギャラリーが設備された、全館ダンスマットが敷きつめられた創作スペースです。
http://www.st-karas.com/karas_apparatus/
この劇場で、ダンサーの日々の探求と挑戦により、日々生み出され更新されてゆくダンスをKARASは「アップデイトダンス」シリーズとして公演し続けています。以前から行ってみたいと思っていたのですが、荻窪少し遠いし(昔住んでいましたが)、なかなか足を運ぶ機会がありませんでした。「ペレアスとメリザンド」を観た友人が絶賛していたので、今回初めて行ってみた次第です。
地下2階にある40席ほどの小さな空間。手を伸ばせば届きそうなほどで、こんなにも近いところで超一流のダンスを観られる至福。小さいながらも、舞台照明装置などはしっかりしています。
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「ペレアスとメリザンド」は、メーテルリンク原作の戯曲をもとにした、ドビュッシー唯一のオペラ。謎めいた女性メリザンドは王太子ゴローに見初められて結婚するも、ゴローの弟ペレアスと許されない恋をするという物語。勅使川原さんの作品は、このストーリーとドビュッシーをモチーフとしているものの、ストーリーを具体的に描いたものではない。60分間、佐東利穂子さんのソロで展開する。
光と闇の表現が見事。漆黒の闇から始まり、この闇の中に差し込む光の使い方が、佐東さんのムーヴメントと融合してなんともいえない美しさを見せていた。これは小さな劇場だからこそできることなのかもしれない。舞台装置は一切ないものの、この光と闇、影が溶け合うことで、ゴローがメリザンドに出会った森や、メリザンドとペレアスが愛を語り合った泉が見えてくる。おそらくは水の精であるメリザンド、誤って結婚指輪を泉に落としてしまったり、そして海と、ストーリーにもある水のモチーフが、たゆたうような佐東さんの腕の動きや音楽で繰り返し現れる。水とは生命の象徴なのであり、愛と死という作品のテーマにも深く結びついている。
佐東さんのパフォーマンスは圧倒的だ。彼女はメリザンドだけでなくメリザンドの中にいるペレアスをも表現している。ゆったりとしているけど強靭なムーヴメントを見せたかと思ったら、驚異的な速さで空間を鋭く切り裂くようなダイナミックな回転も、光の軌跡を描き鮮やかな残像を残していく。ドビュッシーと溶け合いながら、強さと儚さを同居させ、「ペレアスとメリザンド」の愛と死の輪廻の世界を見せてくれた。佇んでいる姿ひとつもドラマティックで、とてつもない表現者だった。一瞬でも目を反らせない緊張感に満ちた舞台は、同時に私たちとの内面とも語り合う機会を作ってくれた。これは一つの奇跡的な体験と言えるだろう。
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終演後には、佐東さんと勅使川原さんのトークも。あんなにもカリスマ性に満ちていた佐東さんがトークでは少し緊張しているように見えたのがなんだか可愛らしかった。「アップデートダンス」ということで、公演を繰り返すたびに作品は深化するとのことだけど、それは具体的に踊りそのものを変えるということではないそうです。日々音楽と対話し、音楽の中に身を置くことを考えて佐東さんは踊っているとのこと。美しいだけでなく、身体の奥に響く、力を持った作品だと語っていました。勅使川原さんも、水のモチーフ(人間は水から生まれているということ)、この作品の生と死のサイクル、前奏曲と後奏曲をテーマとして繰り返して使ったことなどについて語りました。ドビュッシーだけでなく、エストニアの作曲家の音楽も一部挿入しているとのことです(作曲家名は聞き忘れました)。
2000円という低料金で、こんなにも素晴らしい体験をさせていただいたことに感謝です。「ペレアスとメリザンド」は水曜日まで上演され、その後も5月25日から「神経の湖」という勅使川原さん、佐東さん出演の作品が8回上演されます。
「ペレアスとメリザンド」の残りの上演
5月17日(日)16:00
5月18日(月)20:00
5月19日(火)20:00
5月20日(水)20:00
✳︎開演30分前より受付、客席開場は10分前
【上演時間】約60分
【料金】
一般 / 予約2,000円[当日2,500円]
学生 1,500円 (予約・当日共に)
*全席自由
*当日券は開演の30分前より受付開始
【会場】カラス・アパラタス / B2ホール
【前売り予約】
電話:03-6276-9136 (カラス・アパラタス)
メール:updatedance@st-karas.com
また、シアターX連続公演「青い目の男」「ハリー」も7月に上演されます。「ハリー」は、勅使川原さんが台本を書き、演出したオペラ「ソラリス」(シャンゼリゼ劇場で、ニコラ・ル=リッシュも出演)より、主人公ハリーにスポットをあてた作品で、佐東さんのソロダンスです。
http://www.st-karas.com/news_jp/