Vladimir Malakhov
Iana Salenko
Dinu Tamazlacaru
Maria Eichwald
Marijn Rademaker
Olga Smirnova
Semen Chudin
http://www.nbs.or.jp/stages/1305_malakhov/
「シンデレラ」
振付:ウラジーミル・マラーホフ 音楽:セルゲイ・プロコフィエフ
ヤーナ・サレンコ、ウラジーミル・マラーホフ
Aプロと同じ演目だけど、マラーホフのサポートが安定して、ぐっと見ごたえが出てきた。ヤーナのシンデレラに向けるマラーホフ王子の暖かく包み込むような愛情が伝わってくる。ヤーナがリフトされて、空中を歩くような脚の使い方が、とても柔らかくふわふわしていて愛らしく、幸福感を感じさせる。彼女の正確でクリアな踊りがとても映えて素敵だった。
「椿姫」より第1幕のパ・ド・ドゥ
振付:ジョン・ノイマイヤー 音楽:フレデリック・ショパン
マリア・アイシュヴァルト、マライン・ラドメーカー
実はマリア・アイシュヴァルトってシュツットガルトではほとんどマルグリット役を踊っていなくて、先シーズンに上演した時も出る予定が、怪我で降板して出演しなかったため、この役は日本でしか踊っていないのではないかと思う。(シュツットガルトに移籍する前のミュンヘンでは演じていた)そして、マリアは全幕作品でマラインと組むことはほとんどない。このペアは、従って日本向けの組み合わせなのだけど、見ただけではそれがわからないところが素晴らしいし、マリアもこの役をしっかりと自分のものにして演じられているのは流石だ。無音の中、鏡の前で佇み、病で衰えてしまった己の姿を見て嘆くマルグリット。ここの無音で鏡の前に立ち尽くすシーンがとても長く感じられた。長椅子の上で身をそらすと、そこへ駆け込んでくるアルマン。コケティッシュに若い彼を翻弄する彼女だが、ストレートなアルマンの情熱の前に、その心も次第に溶けていき、最後の恋に賭けてみようかという気持ちになっていく心の変化を、マリアはわかりやすく、くっきりと見せていた。向こう見ずで、ちょっと怒りんぼうで、初々しくストレートな若いアルマン役はマラインの十八番。切れ味のある踊り、美しい足先と安定したリフト、加えて短いシーンでもドラマを感じさせてくれる演劇性の高さ。「椿姫」の3つのパ・ド・ドゥの中では、私はこの恋の始まりを見せてくれるここが一番好き。
「ジュエルズ」より"ダイヤモンド"
振付:ジョージ・バランシン 音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
オリガ・スミルノワ、セミョーン・チュージン
日本の観客の多くは、去年の夏にロパートキナが踊った「ダイヤモンド」の印象が強いため、若いダンサーにとってこの作品はなかなかハードルが高いものだと思われる。マリインスキーで使われているカリンスカの衣装ではなく、ボリショイ・バレエの初演のために、ヴァン・クリーフ・アンド・アーペルとコラボレーションして作られた衣装は、とてもきらびやかで輝いていた。スミルノワのダイヤモンドは、ダイヤモンドの原石といったところだった。長い腕を雄弁に使ってかなりドラマティックに演じており、確かに「ダイヤモンド」の振付の中には「白鳥の湖」のオデットの振付へのオマージュがあるのだが、オデットのようにスミルノワは踊っていた。しかも押し出しがとても強く、ちょっと高飛車なダイヤモンドだった。最後に跪いた男性が女性の手にキスするところで、思わず「黒鳥のパ・ド・ドゥ」のコーダの結びを思い出してしまうほどであった。それはそれで、大変ユニークな解釈だと思う。今年のブノワ賞を受賞したスミルノワだが、その対象作品の中には、この「ダイヤモンド」もあったので、高く評価されているのだろう。チュージンは立ち姿はノーブルで、着地音もとても静か。
「レ・ブルジョワ」
振付:ヴェン・ファン・コーウェンベルク 音楽:ジャック・ブレル
ディヌ・タマズラカル
これもAプロと同じプログラム。タマズラカルのブルジョワもとても良いのだけど、当初予定されていてなくなってしまった「ラ・シルフィード」も観てみたかった。回数を重ねて、演技はより味わいを増して、ライターを探す仕草がとてもコミカルで可笑しい。左右の脚を高く振り上げる跳躍もダイナミックで良かった。
「ライト・レイン」
振付:ジェラルド・アルピノ 音楽:ダグ・アダムズ
ルシア・ラカッラ、マーロン・ディノ
エキゾチックでトランス状態に持って行かれそうな妖しげな繰り返される音楽に乗せて、白いユニタードのラカッラを、白いタイツ姿のディノが操るように動かす作品。ラカッラの驚異的に柔軟な肢体、長くしなる美しい脚、強いポワント、180度以上開く股関節を堪能した。思わず頭の中には「妖怪タコ人間」という言葉が浮かんだのはここだけの話。フィニッシュは、寝転がって開脚したディノの上に覆いかぶさったラカッラが同じく脚を広げ、まるで蓮の花かカーマスートラのようで官能的だと思ったら、そのラカッラをそのまま腕2本で持ち上げてしまうのだから、ディノは力持ちだ。まるで生けるギリシャ彫刻のような立派な肉体。赤と黒のスモークを使った効果も、まるで阿片窟のようで、密教的な雰囲気を盛り上げていて、面白かった。
「バレエ・インペリアル」
振付:ジョージ・バランシン 音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
ヤーナ・サレンコ、ウラジーミル・マラーホフ
東京バレエ団
「バレエ・インペリアル」、この演目に使われているチャイコフスキーのピアノコンチェルト2番はとても好きなのだけど、この作品を見ると必ず退屈で、長過ぎると思ってしまう。バランシンの作品の中でも、駄作の部類に入る方ではないかと。上野水香さんが怪我をして代わりにヤーナ・サレンコが踊った。彼女はこの日、3演目と大車輪の活躍ぶり。小柄なヤーナは、ともすれば群舞の中で埋もれてしまいがちだけど存在感はしっかりとしており、足運びはとてもくっきりと正確だった。マラーホフは重く、特に跳躍系はきつそうだったが、真ん中を踊るだけの輝きと貫禄、ムーヴメントの美しさがあって、目は思わず惹きつけられてしまう。東京バレエ団は、ソリストの奈良春夏さんには華があって踊りも大きくてとても良かったし、群舞はよく揃っていたが、バランシンらしい歯切れの良さがなくて湿り気を感じてしまったのと、かなり不揃いな男性ダンサーたちの質を高めて欲しいと感じた。
「ロミオとジュリエット」より第1幕のパ・ド・ドゥ
振付:ジョン・クランコ 音楽:セルゲイ・プロコフィエフ
マリア・アイシュヴァルト、マライン・ラドメーカー
このペアがクランコ版「ロミオとジュリエット」のバルコニーのパ・ド・ドゥを踊るのは、前回の「マラーホフの贈り物」と世界バレエフェスティバルに続いて3回目。せっかくだったら別の演目、特にAプロで予定されていながら上演されなかった「伝説(Legende)」を観たかったけど、でもクランコの「ロミオとジュリエット」は大好きな演目。ただ、このガラ仕様のバルコニーはおそらくマクミラン版の使い回しのセットのようなので、この版の特徴である、別れ際の懸垂キスが見られないのが残念。
マリア・アイシュヴァルトのジュリエットは、初々しい。特に後半の、キスをされた陶酔感のあまり、パドブレで後ずさりしながら後ろへ倒れていくところが可愛らしい。リフトされているポーズもとてもきれい。初恋の歓び、高鳴る胸の鼓動が聞こえてくるようだ。クランコ版の振付はシンプルで、音楽的で、優しさにあふれている。特にバルコニーから一段ずつ、ジュリエットをロミオが抱きかかえて下ろしていくところが素敵。肩載せリフトや逆さまリフトはあっても、敢えて難しくしたところや複雑さがないところがいい。リフトなどサポートの上手さ、スムーズさについてマラインは完璧だし、伸びやかなランベルセ、ダイナミックなトゥールザンレールや大きなカンブレからのゆったりとした腕の使い方などの緩急の差も、熱い恋心を伝える。実はマラインはAプロとBプロの間に風邪をひいてしまって体調が良くなかったとのことだが、25日に1回着地ですこしずれた以外は、そのような様子は微塵も感じさせなかった。26日には無事体調も戻ったようである。次のシュツットガルト・バレエの来日公演は、ぜひ「ロミオとジュリエット」と「オネーギン」でお願いしたい。
「タランテラ」
振付:ジョージ・バランシン 音楽:ルイス・モロー・ゴットシャルク
ヤーナ・サレンコ、ディヌ・タマズラカル
ヤーナとディヌの明るくキレの良い踊りに合ったプログラム。キュートなヤーナがタンバリンを持って、左右に背中を反らせながらジャンプするコケティッシュなエスプリの効かせ方も小気味よいし、ポワントでの深い2番プリエで足の甲をしならせるところもきれい。スピーディな振り付けに二人ともよく乗っている(乗っているあまりヤーナはアクセサリーを飛ばしていた)し、息もすごくよく合っていて、ウキウキと楽しい気持ちになった。最後に下手に捌けていくときのディヌのキスと、驚いたように去っていくヤーナが可愛くて。このペアは、このガラで魅力を十分発揮したと思うけど、特にこれは観る人を幸せにする演目。休憩の前に長い「バレエ・インペリアル」を踊ったヤーナの、疲れを全く感じさせない体力には脱帽した。
「椿姫」より第2幕のパ・ド・ドゥ
振付:ジョン・ノイマイヤー 音楽:フレデリック・ショパン
ピアノ:青柳 晋
ルシア・ラカッラ、マーロン・ディノ
青柳晋さんのピアノ演奏には思わず聞き惚れた。Aプロの菊池洋子さんも良かったし、今回の「マラーホフの贈り物」では良いピアニストを起用してくれたことで、ガラのクオリティがとても上がったと感じた。「椿姫」2幕のパ・ド・ドゥは、マルグリットとアルマンが愛に満ちた幸せで穏やかな日々を送る様子を描いてい。その幸福が長くは続かないこと、いつかは終わりが来ることを判っているマルグリットの悲しみの中に秘められた、だからこそ今を精一杯慈しもうという気持ち、そして刹那の恋の儚さ、胸を締め付けるような想いを感じさせて欲しい。このペアは、実生活上もカップルであるということもあるが、お互いに夢中でストレートに愛情をあふれさせていて、そのような切なさを感じないのが惜しいところだ。「椿姫」のパ・ド・ドゥの例に漏れず、この場面もリフトが非常に多く、ラカッラはその柔軟で強靭な肢体を美しい形で保ったままサポートされていて、美しい曲線を描いていた。ディノはリフトは頑張っていたけど、時々荷物を運んでいるんじゃないんだから、と感じた。そして彼の感情表現はどうも一本調子で控えめすぎるため、同じ「椿姫」の別のシーンを踊ったシュツットガルトのペアには劣っているように見えてしまった。
「白鳥の湖」より"黒鳥のパ・ド・ドゥ"
振付:マリウス・プティパ 音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
オリガ・スミルノワ、セミョーン・チュージン
これもAプロと同じ演目。3回目、4回目となると、スミルノワも安定してきたようで、ベテランダンサーのような落ち着き、どや顔とも表現できる強く自信に満ちた眼差し、堂々とした存在感と押し出しの強さを発揮していた。腕の柔らかさよりも手先のひらひらしているところで表現しているのはやはり気になるが、迫力のあるオディールで、高く突き刺さるつま先も美しくグリゴローヴィチ版のヴァリエーションがよく似合っていた。グランフェッテはBプロでは無事に32回回りきったものの、後半少し不安定になってきたので、このあたりは磨いていってほしいところ。チュージンは、柔らかく音の静かな着地、スケールが大きく前脚が高く上がってスピード感のあるマネージュは見事だし、王子らしいノーブルな雰囲気があった。ただ若いスミルノワに迫力の面では負けていて存在感はやや薄い。
「ヴォヤージュ」
振付::レナート・ツァネラ 音楽:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
ウラジーミル・マラーホフ
Aプロではマラーホフがふくらはぎに違和感を覚えたために踊らなかった「ヴォヤージュ」を、無事にBプロで観ることができたのは嬉しい。マラーホフのシグネチャーとも言える作品。一つの場所にとどまることなく、旅の日々が続き、孤独や葛藤に苛まれ、歓びと悲しみに満ちたダンサーの人生。それでも前を向いて歩き続け飛翔し続ける、そんなマラーホヅの思いが込められている。微笑みながら「バイバイ」と言っているかのように手を振る彼の姿には、思わず胸が締め付けられるように切なくなる。(余談だけど、東日本大震災で津波の被害にあった人が、知人が津波に流されながら、笑いながら手を振って消えていったのが忘れられないという逸話を思い出してしまって、涙が出てきてしまった)上半身裸に白いジャケットを羽織ったマラーホフ、確かに胴回りが太くなり身体も重くなって以前のキレはないが、その変化していった肉体をありのままに受け入れて、今の彼だからこそ表現できるダンサーの人生を体現しており、ひとつひとつのムーヴメントは相変わらず滑らかで美しかった。音のしないしなやかな跳躍、柔軟でエレガントな腕。まだまだ彼は旅の途中なのだと感じ、胸に染み渡るような入魂の踊りだった。
カーテンコールでは、マラーホフは、持ち前のその柔らかなジュッテを二回見せてくれた。観客へ両手を使って投げられるキス、心からの邪気のない笑顔を見ているだけで、彼の純粋な魂を感じて涙ぐんでしまう。「マラー保父の贈り物」という企画はこれで最後だけど、彼はダンサーを引退するわけではない。再び私たちの前で踊ってくれる日を心待ちにしたい。
マラーホフの「ヴォヤージュ」、そしてルシア・ラカッラの踊りも見られます。