7/10(水)18:30- 東京文化会館
指揮者:ボリス・グルージン、ドミニク・グリア
オーケストラ: 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
◇「ラ・ヴァルス」 La Valse
振付:フレデリック・アシュトン/音楽:モーリス・ラヴェル
小林ひかる、平野亮一、
ヘレン・クロウフォード、ブライアン・マロニー、
ローラ・マカロック、ヨハネス・ステパネク
黒から赤、紫、白へのグラデーションした女性の衣装がとても美しい。舞踏会をイメージした暗い照明もドレスの美しさを際立たせる。振り付けそのものは取り立てて興味深いものではないのだが、ラヴェルの音楽をうまく視覚化している。上の方の席だったので全体のフォーメーションがよくわかる。中心の平野さん、小林さん始め、群舞にも蔵健太さんや金子扶生さんがいたが、日本人のプロポーションが劇的に良くなっているのを実感。反面、女性群舞でたまにびっくりするくらい太めの人がいるのに驚かされる。
◇「コンチェルト」 第2楽章 Concerto Second Movement
振付:ケネス・マクミラン/音楽:ドミートリ―・ショスタコーヴィチ
メリッサ・ハミルトン、ルパート・ペネファーザー
ピアノ:ケイト・シップウェイ
ショスタコーヴィッチのピアノコンチェルトの演奏がとてもクリアで美しかった。身体のラインのきれいなハミルトン、ペネファーザーの金髪コンビは、音楽の叙情性をポエティックに表現していたけど、この演目は小林紀子バレエシアターの島添亮子さんが踊ると素晴らしいので、そのレベルの情感にまでは達していなかった。硬質な印象が残る。
◇「クオリア」 Qualia
振付:ウェイン・マクレガー/音楽:スキャナー
リャーン・ベンジャミン、エドワード・ワトソン
(※特別録音された音源を使用)
エドワード・ワトソンのあまりにも柔軟な四肢は、マクレガー作品を踊るのに最適な肉体で、その奔放性には驚かされるのだが、さらなる驚きが待っていた。このガラがロイヤル・バレエの引退公演であるリアン・ベンジャミンの強靭さ、音楽性そして果敢さだ。49歳という年齢にして、この身体能力と鋭敏さは驚異的であり、これで引退となるのがあまりにももったいない。作品は短かったものの、マクレガーらしいエッジの効いたもので楽しめた。
◇「アゴン」 パ・ド・ドゥ Agon
振付:ジョージ・バランシン/音楽:イーゴリ・ストラヴィンスキー
ゼナイダ・ヤノウスキー、カルロス・アコスタ
長身のゼナイダ・ナノウスキーの肢体が、この現代的な、不協和音だらけの作品にはぴったり合っていて、実にスタイリッシュ。アコスタとの視覚的な対比も鮮やかだった。
◇「雨の後に」 After the Rain
振付:クリストファー・ウィールドン/音楽:アルヴォ・ペルト
マリアネラ・ヌニェス、ティアゴ・ソアレス
ヴァイオリン:高木和弘
ピアノ:ロバート・クラーク
アルヴォ・ペルトの「鏡の中の鏡」を使った、ゆったりとして静謐な作品。NYCBでウェンディ・ウェーランが踊った印象が鮮烈に残っている。髪を下ろしてピンクのレオタードを着用したマリアネラ、隅々まで美しい。このポーズがものすごく印象的なのだけど、上階から観るとそこまでのインパクトはなかった。ところで、「雨の後に」という邦題はいけていないので、NYCBの来日公演の時と同様、「アフター・ザ・レイン」という原題を使って欲しかったと思う。
◇「ドン・キホーテ」 第3幕よりパ・ド・ドゥ Don Quixote act 3 pas de deux
振付:マリウス・プティパ/音楽:ルートヴィク・ミンクス
ロベルタ・マルケス、スティーヴン・マックレー
スティーヴン、去年の世界バレエフェスティバルの全幕「ドン・キホーテ」では片手リフトをしなかったようだけど、今回はしっかりと決めていた。絶好調ではなさそうだったけど、それでも、ヴァリエーションのピルエットをあいだに挟んだスピーディな連続トゥールザンレールは魅せたし、マネージュも軽やかで高い。ロベルタは、バランスを長くとって頑張っていた。グランフェッテは、右足軸のアン・デダンで回るという難易度が高く珍しいことをやっていたけど、少々不安定だった。(そして、後日の発表によれば足を痛めて12日、コジョカルの代役で踊る予定の「白鳥の湖」を降板。ただし、13日の当初踊る予定の日には踊った)「ドン・キホーテ」は10年ぶりにロイヤル・バレエで、カルロス・アコスタの再振付によって上演されるとのことだが、今回のランチベリー編曲には違和感があった。
◇「うたかたの恋」 第3幕より Mayerling act 3
振付:ケネス・マクミラン/音楽:フランツ・リスト
アリーナ・コジョカル、ヨハン・コボー、リカルド・セルヴェラ
パ・ド・ドゥだけでなく、ブラットフィッシュのソロつき。このブラットフィッシュ役のセルヴェラが素晴らしかった。踊りにキレがあるだけでなく、おどけながらも必死にルドルフを元気づけようとする彼の健気さと忠誠心を感じさせた。この舞台は、ヨハン・コボーとアリーナ・コジョカルのロイヤル・バレエ最後の舞台となった。満身創痍のコボーは、リフトなどはかなり苦しそうだったが、お得意の狂気みなぎる演技はここでも突き抜けていた。コジョカルの愛らしい無邪気さの中には、死に魅せられたファム・ファタルらしさがにじみ出て、まるで死神のようだった。マリーを殺したあとで自身に銃口を向け斃れるルドルフの死に方、こんなに派手に死んでいったルドルフを観るのは初めてだったと思う。曰くありげにロイヤルを去る彼らと、追い詰められて死を選ぶルドルフとマリーの姿を思わず重ねてしまった。
◇「白鳥の湖」 パ・ド・カトル Pas de Quatre from Swan Lake
振付:フレデリック・アシュトン/音楽:P. I. チャイコフスキー
エマ・マグワイア、高田茜
ダヴィッド・チェンツェミエック、ヴァレンティノ・ズケッティ
アシュトンによる「白鳥の湖」パ・ド・カトルは初めて観た。いかにもアシュトン的な、上半身にひねりの効いた難しそうな振り付け。音楽は、ブルメイステル版白鳥で使われている3幕コーダの曲や、グリゴローヴィッチ版ではロットバルトの3幕のソロに使われている曲、同じくグリゴローヴィッチ版のオディールのヴァリエーションの曲など。トリエンツェミエックとズケッティは、踊りのタイプは随分異なっているが、二人とも伸びしろを感じさせるクラシックな踊り手。特にトリエンツェミエックのバットゥリーは美しい。高田さんも、マグワイアも、この細かな動きをよく踊りこなしていた。珍しい作品が観られて良かった。
◇「温室にて」 From the Hothouse
振付:アラステア・マリオット/音楽:リヒャルト・ワーグナー
サラ・ラム、スティーヴン・マックレー
メゾ・ソプラノ: マリア・ジョーンズ
ワーグナーが、「トリスタンとイゾルデ」の習作として作曲した音楽を使用。長いドレスに身を包んだメゾソプラノ歌手が女優のようにゴージャスな美女だった。その横で、横たわった二人が、サラ・ラムとスティーヴン・マックレー。二人とも柔軟な肢体の持ち主で、とても美しかったが、音楽の力に押されて踊りが目立たなかったような。せっかくのマックレーとラムの使い方としてはもったいなかった気がする。
◇「春の声」 Voices of Spring
振付:フレデリック・アシュトン/音楽:ヨハン・シュトラウスⅡ世
崔由姫、アレクサンダー・キャンベル
同じ演目を、世界バレエフェスティバルでアリーナ・コジョカルとヨハン・コボーが踊ったのが記憶にある。砂糖菓子のように愛らしかったコジョカルと比較すると、ユフィさんは同じ愛らしい系統でも、ちょっとはにかみやさんで繊細そうな印象。とても軽やかで春風のようだった。キャンベルは、ユフィさんのパートナーを務めるには小柄でかつ重そう。
◇「眠れる森の美女」 目覚めのパ・ド・ドゥ Sleeping Beauty Awakening Pas de Deux
振付:フレデリック・アシュトン/音楽::P. I. チャイコフスキー
金子扶生、ニーアマイア・キッシュ
「眠れる森の美女」の中でも、最も美しい間奏曲を使ったオーロラの目覚めのパ・ド・ドゥ。ロイヤル・バレエに在籍する日本人女性ダンサーの中でも、金子さんは最も大器かもしれない、そんな予感を感じさせる気品あふれる踊り。細やかで情感豊かで、歌うように踊っていて、ロイヤル的な特質を感じる。欧米人的な体型なのに、少しだけ吉田都さんを思わせるゆかしさがある。
◇「ジュビリー・パ・ド・ドゥ」 Jubilee Pas de Deux
振付:リアム・スカーレット/音楽:アレクサンドル・グラズノフ
ラウラ・モレーラ、フェデリコ・ボネッリ
グラズノフの「バレエの情景」の第3曲を使用。華やかな音楽に合わせ、衣装もロイヤル・ブルーにキラキラ光る石がついていて目に鮮やかだ。なんてことのないクラシカルな作品ではあるが、打ち上げ花火のような華麗さ、テクニックの見せ場があって飽きない。そしてこれを踊ったラウラ・モレーラ、フェデリコ・ボネッリとも、きっちりと魅せてくれて、ダンサーとしての高い能力とすぐれた音楽性を感じさせてくれた。
◇「マノン」 第1幕第2場よりパ・ド・ドゥ Manon 1st act pas de deux
振付:ケネス・マクミラン/音楽:ジュール・マスネ、編曲:レイトン・ルーカス
リャーン・ベンジャミン、カルロス・アコスタ
マクミランに直接指導を受けた最後のバレリーナであるベンジャミンの最後を飾るにふさわしい、「マノン」。マノンの小悪魔性と無邪気さを小柄な身体で見事に表現し、一つ一つの動きに意味を持たせるベンジャミンの至芸に酔いしれた。とても49歳で、これが最後の舞台とは思えない。アコスタも良いサポートを見せた。ベッドがなかったことだけが残念だったが、いつまでも幸福な余韻を抱きしめていたいような舞台だった。
◇「シンフォニー・イン・C」 最終楽章 Symphony in C Last Movement
振付:ジョージ・バランシン/音楽:ジョルジュ・ビゼー
サラ・ラム、ヴァレリー・ヒリストフ
マリアネラ・ヌニェス、ティアゴ・ソアレス
崔由姫、アレクサンダー・キャンベル
イツァール・メンディザバル、リカルド・セルヴェラ
群舞の揃い方、プロポーション、バランシンらしい硬質さ、どれをとっても新国立劇場バレエ団のほうが上である。男性のプリンシパルダンサーが一人しか出演していないというのも残念なキャスティンぐで、男性プリンシパル役で良いと感じたのはリカルド・セルヴェラだけであった。もう少し豪華さが欲しかった。とはいえ、サラ・ラム、マリアネラ・ヌニエス、そしてチェ・ユフィと女性プリンシパル役のレベルは非常に高く、3人が三様の美しさを魅せてくれた。先ほどの現代的な柔軟性を見せた姿とは反対の、バランシンらしい切れ味のサラ・ラムの目もくらむばかりの輝かしさ、マリアネラ・ヌニェスの音楽を的確に捉える力、そしてユフィさんの正確で清潔感あふれる動き。この3人が観られただけで満足である。コリフェで、蔵健太さん、金子扶生さん、高田茜さんも活躍していて、このバレエ団の日本人ダンサーのレベルの高さを改めて実感した。バランシンは、上階から観たほうがずっと楽しめることを、ここでも実感した。
前半に連続して現代演目が続いたため、それを退屈に思っていた観客が「ドン・キホーテ」で思わず安堵していたようだったが、個人的には、現在のロイヤル・バレエらしいレパートリーが散りばめられていて良いプログラムだったと感じた。アシュトン、マクミランなどのお家芸から、バランシン、そして最近のマクレガー、スカーレットまで。ここでしか見られないような珍しい演目があったのも、興味深かった。
ところで、この公演は、リアン・ベンジャミン、アリーナ・コジョカル、ヨハン・コボーのロイヤル・バレエ最後の舞台であった。それなのに、特にセレモニーもなければ、主催者/バレエ団からの花束贈呈もなかったのは残念に感じた。最後のカーテンコールでの、個別幕前カーテンコールもなかったのだ。ロイヤル・オペラハウスではセレモニーがあったとはいえ、長年バレエ団に貢献してきたダンサーたちに対してお別れができなかったことは寂しく思う。