タラス・シェフチェンコ記念ウクライナ国立オペラ・バレエ・アカデミー劇場
http://www.koransha.com/ballet/karei2013/
神奈川県民ホールにて。夏休みの全国巡回公演で、客席にはお子さんの姿多し。しかし子供向けと銘打っているものの、クオリティはとても高い。テープ演奏は残念だけど、テープじゃないとこの値段では無理でしょう。また客席のお子さんたちの鑑賞態度も非常に良かった。前日に日本バレエ協会の全国合同バレエの夕べを観たのだが、こちらは「海賊」のグラン・フェッテでお約束の手拍子が飛び出したのに、この日の公演は、グラン・フェッテが2回あったのに、両方とも途中の拍手はあれども手拍子は無し。「瀕死の白鳥」の時も、ちゃんと舞台が暗転して余韻を味わってから拍手していて、素晴らしいと思った。その「瀕死の白鳥」、フィリピエワのパフォーマンスが圧巻で、このためだけに観に来て良かった思うほどだった。
「眠りの森の美女」よりワルツ、ローズアダージオ
音楽:P.チャイコフスキー 振付:V.リトヴィノフ
オーロラ:カテリーナ・クーハリ
キエフ・バレエ
ローズ・アダージオの前に、ガーランドを持っての群舞によるワルツがついていた。このバレエ団の女性ダンサーたちは容姿端麗でプロポーションもよく見栄えがする。男性もみな長身。
カテリーナ・クーハリは、少しヴィシニョーワに似たエキゾチックな顔立ち。技術はしっかりしているようなのだけど、バランスの時間はほとんどなかった。だが、この日の彼女の活躍ぶり(全部で4演目に出演)を見ると、ここで無理はできないと思ってしまった。
「人形の精」より
音楽:J.バイヤー 振付:N.レガート、S.レガート
人形の精:オリガ・モロゼンコ
ピエロ:オレクサンドル・ストヤコノフ、ヴィタリ-・ネトルネンコ
ワガノワ・アカデミーのレパートリーとして有名な作品。可愛い少女人形と、2人のピエロの掛け合いがキュートな作品。特に2人のピエロの踊りはとってもユーモラスながらも、なかなか見せ場たっぷりで、連続540ジャンプなども披露してくれた。お子さんたちの人気も上々。
「白鳥の湖」第一幕、第二場より
音楽:P.チャイコフスキー 振付:V.コフトゥン
オリガ・コリッツァ / セルギィ・シドルスキー
キエフ・バレエ
こちらも群舞と、4羽の小さな白鳥、大きな白鳥、そしてコーダまでついていた。シドルスキーは相変わらず大変ノーブルでサポートもさすがに素晴らしい。ゴリッツァは、プロポーションが良くて白鳥向きの長い手脚の持ち主。優雅で詩情豊かに踊ってくれた。4羽の白鳥もよく揃っていた。
「カルメン」
音楽:G・ビゼー、R・シチェドリン
振付:S・ジュベドキ
エレーナ・フィリピエワ、ドミトロ・チェボタル
唯一の現代作品で、スタイリッシュな衣装、構成。せっかくのフィリピエワ出演だったけど、あまりにも短くてあまり印象に残らなかったのが残念。
「海賊」第二幕よりパ・ド・ドゥ
メドゥーラ:カテリーナ・クーハリ
コンラッド:オレクサンドル・ストヤコノフ
「海賊」と聞いて、例のアリが登場するシーンだと思ったのだけど、音楽が「シルヴィア」の2幕のアダージオだった。(従って、キャスト表の音楽:R・ドリゴというのは間違い)複雑なリフトを多用した美しいパ・ド・ドゥ。
「くるみ割り人形」第二幕より
音楽:P.チャイコフスキー 振付:V.コフトゥン
クララ:カテリーナ・クーハリ
王子:コスチャンチン・ポジャルニツキー
キエフ・バレエ
花のワルツつきで、衣装のセンスにはちょっと疑問符はあれども、こちらもなかなか豪華。男性ダンサー4人のトゥール・アン・レールも着地がきれいで、整った群舞。
クーハリ、大活躍。キエフ・バレエの中では小柄な方のようだけど、このシーンで観ても、非常にしっかりしたテクニックの持ち主で、ピケなども非常に速くて正確だ。王子のポジャルニツキーはサポートがうまく、「くるみ割り人形」のクララを肩の上に乗せたり、高々と持ち上げるリフトもお手の物。彼は、10月の井脇幸江さんのカンパニーが上演する「ドン・キホーテ」に、カテリーナ・ハニュコワとともにゲスト出演する予定だそう。
「白鳥の湖」より黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥ
音楽:P.チャイコフスキー 振付:V.コフトゥン
オリガ・コリッツァ / セルギィ・シドルスキー
ゴリッツァのオディールは、邪悪さは控えめで、上品な美しさで圧倒するタイプ。ヴァリエーションは、ボリショイで踊られているのと同じ短調の曲と振付だったけど、ボリショイのバレリーナが踊るような肉食系でなくて、比較的あっさりと踊っていた。とにかく脚が長い。グランフェッテはシングルだったけどスピードは速くて位置も動かず正確だった。そして、ここでもシドルスキーのダンスールノーブルぶりには惚れ惚れ。サポートの的確さ、エレガントな物腰、そしてつま先の美しさ。特にコーダのマネージュできれいに伸びた脚が素晴らしかった。これほどノーブルなダンサーは世界中探してもなかなかいないと思うほど。
「ゴパック」
音楽:V.ソロヴィヨフ-セドイ 振付:R.ザハロフ
ドミトロ・チェボタル
この手のロシア・バレエ系ガラでは定番の「ゴパック」。もともとウクライナの踊りである。民族舞踊的な超絶技巧を入れた作品。期待通りの、ケレン味たっぷりの跳躍を見せてくれた。
「瀕死の白鳥」
音楽:C・サン=サーンス
振付:M・フォーキン
エレーナ・フィリピエワ
本日の白眉。背中をこちらに向けて細かいパ・ド・ブレで入ってくるフィリピエワの姿を観て、場内は見入り、さらに彼女の腕がまるで骨がないかのように柔らかくさざなみのように動き出すと、それがどよめきに代わった。肩甲骨から指先まで一体になっていて、それ自体が動物というか鳥そのものになっていた。こんなにすごい、まさに白鳥の翼のような腕の動きを見たのは、ニーナ・アナニアシヴィリ以来。腕の動きは生そのものなのに、大きな瞳は死と向き合って、諦観を感じさせていた。圧倒的に引き込まれるパフォーマンスで、ついに白鳥が死を迎えて照明が消えたあとも、場内は静まり返り、一瞬の静寂が訪れたあとに大喝采。フィリピエワは本物の芸術家だ。
「パキータ」より
音楽:L.ミンクス 振付:M.プティパ
カテリーナ・クーハリ
オレクサンドル・ストヤコノフ
オリガ・モロゼンコ テリアナ・ソコロワ
オクサーナ・シーラ アンナ・ポガティル
最後を締めくくるにふさわしい華麗なシーンで、12人の群舞つき、ヴァリエーションは5つ。ストヤコノフは、「人形の精」のピエロを踊ったとは思えないほど、こちらではノーブルな踊りを見せてくれた。ここの男性ダンサーはスタイルはみないいものの、ビジュアルはやや地味目。でも、ストヤコノフやポジャルニツキーは、王子様でも問題ないくらい整っている。ヴァリエーションはみなきっちりと踊っていたけど、飛びぬけた人はいない印象。クーハリのグランフェッテは全てシングルだったが、完全に余裕があって、綺麗な回転を見せてくれた。
デニス・マトヴィエンコが芸術監督を解任されてしまい、今後に不安が残っているキエフ・バレエ。しかし、とにかく全体的なレベルは非常に高く、ロシア・バレエらしさ、正統派クラシックバレエを見せてくれて満足度は高かった。冬のキエフ・バレエ公演もとても楽しみだ。特に、「バヤデルカ(ラ・バヤデール)」で、フィリピエワが一日はガムザッティ役、もう一日は太鼓の踊りを踊るそうで、これは見逃せないだろう。こちらは、オーケストラ帯同で、バレエ公演の指揮には定評があり、新国立劇場バレエ団でも指揮をしているバクランさんの指揮なのも楽しみ。