感想が遅くなりましたが、2014年の大晦日を飾ったシュツットガルト・バレエのシルヴェスター・ガラを観に行ってきました。アリーナ・コジョカルとエドワード・ワトソンがゲスト出演。
客席には、フィリップ・バランキエヴィッチ、アレクサンドル・ザイツェフ、マリシア・ハイデ、ハンス・ファン=マネン、ヨハン・コボーの姿が見え、幕間にはシャンパンがふるまわれるという華やかなガラ公演。特にバランキエヴィッチの颯爽とかっこいい様子は目を引いた。体調が良くないと噂されるリード・アンダーソンだが、開演前にはあいさつに立っていた。
http://www.stuttgart-ballet.de/schedule/2014-12-31/silverstergala-1415/program-2014-12-31/
* Debut
** Stuttgart debut
Hommage à Bolschoi 「ボリショイへのオマージュ」
Choreography: John Cranko
Dancers: Elisa Badenes, Daniel Camargo
この日唯一のクランコ作品。シュツットガルト・バレエでも最も技術的に優れている若手ダンサーであるエリサ・バデネスとダニエル・カマルゴが踊った。難しくアクロバティックなリフトをこれでもかと繰り広げるのだが、どれも余裕たっぷり。あっという間に終わってしまうことだけが残念。
Mopey 「モペイ」
Choreography: Marco Goecke
Dancer: David Moore *
日本でもおなじみのこの作品、新プリンシパルのデヴィッド・ムーアがこの日初めて踊った。踊る人によって全然違う印象を見せる作品で、若いデヴィッド・ムーアが踊ると、この奇妙な作品も、爽やかで一服の清涼剤のように感じられるから不思議だ。闇の中に浮かび上がるムーヴメントの残像が美しい。日本ではあまり人気がないゲッケ作品だけど、彼の作品は、このように残像や動きの軌跡を楽しむものであるというのがようやくわかってきた。
Aus Ihrer Zeit
Choreography: Demis Volpi
Dancers: Alicia Amatriain **, Constantine Allen **
シュツットガルト・バレエを代表する往年のバレリーナ、ビルギット・カイルに捧げられた作品で、彼女が芸術監督を務めるカールスルーエ・バレエで初演された。デミス・ヴォルピならではのユーモラスな面と、古典的なまでの端正な美しさが同居するデュエットで、アリシア・アマトリアンの圧倒的な柔軟性と身体能力が生かされている。
Bite
Choreography: Katarzyna Kozielska
Dancers: Anna Osadcenko **, Jason Reilly **
シュツットガルト・バレエの現役のデミ・ソリストでありながら、振付家としても活躍するカタルツィナ・コツィエルスカによって振付けられた作品。実生活でもカップルのアンア・オサチェンコとジェイソン・レイリーによる非常に官能的なパ・ド・ドゥで、オサチェンコの美しい脚、ジェイソンの力強いセクシーさが印象付けられた。特に、開脚したままのオサチェンコを放り投げてジェイソンがキャッチする場面には思わず息を呑んだ。
Äffi 「エフィ」
Choreography: Marco Goecke
Dancer: Marijn Rademaker
世界バレエフェスティバルなどで何回も観ている「エフィ」。しかし、この日でシュツットガルト・バレエを去るマライン・ラドマーカーの万感の思いが込められているように感じた。一人の男性の苦悩、葛藤、行き場のないエネルギー、様々な感情がねじれた動きの中に渦巻く。ここでも闇に浮かび上がる、光輝く肉体と、身体が描く軌跡を追っていると、初見の時には長かったと思えた上演時間もあっという間に過ぎてしまう。静まり返った劇場で、観客の誰もが同じように感じているのが伝わってきた。
Variations for Two Couples (Stuttgart premiere)
Choreography: Hans van Manen
Dancers: Alicia Amatriain*, Anna Osadcenko*, Constantine Allen*, Alexander Jones*
世界中のバレエ団で踊られている、ハンス・ファン=マネンの代表作の一つ。ブリテンの弦楽四重奏などの曲を使用し、アリシア・アマトリアンとコンスタンチン・アレン、アンナ・オサチェンコとアレクサンダー・ジョーンズの2つのペアが踊る。ファン=マネン独特の、プロットレスバレエの中に男女の駆け引きを込めたセンシュアルな部分と、わざと期待を裏切るようなユーモラスな部分が合わさった、ハイセンスで面白い作品。4人のダンサーとも、音楽性に優れているので、洒脱さがよく伝わってくる。特にアマトリアンとオサチェンコという、カンパニーを代表する二人のバレリーナの身体性が拮抗する様はスリリングだった。
これはマリインスキー・バレエでのリハーサル動画。アリーナ・ソーモワの姿が見える。
http://youtu.be/YZVBbabujE0
Pas de deux, Radio and Juliet (Stuttgart premiere)「レディオとジュリエット」
Choreography: Edward Clug
Dancers: Miriam Kacerova **, Roman Novitzky **
去年、アリーナ・コジョカル・ドリームプロジェクトでも踊られた、レディオヘッドの音楽を使用した作品。しかし非常に短い抜粋だったのであっという間に終わってしまった。エドワード・クルグは、シュツットガルト・バレエにも作品を振付けているので、今後この作品がレパートリー入りするのかもしれない。
Allure
Choreography: Demis Volpi
Dancer: Myriam Simon **
一昨年の「メイド・イン・ジャーマニー」プログラムでは、ヒョ・ジュン・カンが踊ったソロ作品。今回は産休から復帰したばかりのミリアム・サイモンが踊った。上半身の動きが雄弁で、しなやかながらもダイナミックでスピーディな作品。フェミニンさと力強さが同居し、ヴォルピならではの個性も感じられた。
3 with D (German premiere)
Choreography: Javier de Frutos
guitar and singer Dan Gillespie Sells pianist Ciaran Jeremiah
Dancers: Edward Watson (a. G. ) **, Marijn Rademaker **
昨年ロンドンで行われたガラ「Men In Motion」で上演された、ハビエル・デ・フルートス振付の作品。舞台上にギターを持ったヴォーカリストが立ち、ガーシュウィンの「The Man I Love」を、哀愁を帯びた歌声で歌う。これは二人の男性の出会いと別れを描いた作品で、特に別れについてポップで、少しメランコリックな描写をしている。エドワード・ワトソンとマライン・ラドマーカーは絶えず舞台の上を移動しながら同じ動きを繰り返し、重なってアラベスクをしたり、同時に脚を上げたり。柔らかくしなやかでほっそりとしたワトソン、少しマッチョなラドマーカーの対比が鮮やか。キスを交わしたかといえば手を激しくつかんだり。最後にワトソンが去り、ラドマーカーは一人取り残される。何とも言えず切ない余韻が残る、別れの時の甘酸っぱい感傷で胸に響く、美しい一品。
ロンドンでの「Men In Motion」で上演された際のアルバムをここで観ることができる。
http://www.danceeurope.net/gallery/ivan-putrovs-men-in-motion-2014#slide-16-field_images-721
Pas de deux, I. Akt : Manon 「マノン」1幕パ・ド・ドゥ
Choreography: Kenneth MacMillan
Dancers: Alina Cojocaru ** (a. G.), Friedemann Vogel **
コジョカルのマノンの素晴らしさに尽きた。なんという愛らしさ、小悪魔さ、そして一挙一動の軽やかさと動きに込められたキャラクター描写の的確さ。コジョカルの方ばかり見てしまった。甘い雰囲気に包まれてうっとり。まだ彼女が踊る全幕の「マノン」は観られていないのだ。
Scene from II. Akt: Leonce und Lena 「レオンスとレーナ」
Choreography: Christian Spuck
Dancers: Heather MacIsaac, Fernanda Lopes, Ruiqi Yang, Julia Bergua-Orero, Anouk van der Weijde, Aiara Iturrioz
Nicholas Jones, Robert Robinson, Ludovico Pace, Fabio Adorisio, Matteo Crockard-Villa, Roland Havlica
休憩が終わり、幕が上がると、顔を白塗りし、三角帽子をかぶった群舞のダンサーたちがコミカルなポーズで静止している。この静止の時間がずいぶん長く続いた。そのあとは、ややドタバタしているものの、群舞が登場するのはこの作品だけなので楽しいアクセントになった。
Pas de deux, III. Akt: Don Quijote 「ドン・キホーテ」3幕パ・ド・ドゥ
Choreography: Maximiliano Guerra
Dancers: Elisa Badenes, Daniel Camargo
この日唯一の古典作品。エリサ・バデネスとダニエル・カマルゴのペアは、オーストラリア・バレエの「ドン・キホーテ」と「ラ・バヤデール」にもゲスト出演しているほどで、テクニックとともに、若いのに魅せ方を心得ている。ダニエル・カマルゴは、途中ピルエットが少し乱れるところはあったものの、エレベーションが驚くほど高くて超絶技巧を連発。エリサ・バデネスは、スペイン人なのでちゃきちゃきしたキャラクターもキトリにぴったり、グラン・フェッテでは前半は全部ダブルでトリプルも織り交ぜた。
The Chambers of a Heart (World Premiere)
Choreography: Itzik Galili
Dancers: Friedemann Vogel, Jason Reilly
こちらも男性同士の関係をモチーフにしたパ・ド・ドゥで、「モノ・リサ」のイツィーク・ガリリの新作。ベートーヴェンの「月光」に合わせて、2人が絡み合う。エモーショナルでリリカルな、良い作品だと思うのだが、先ほどのフルートスの「3 with D」とテーマが似通っているところがあるので、印象がやや薄かった。そして、女性ダンサーと踊るときにはあんなにセクシーなジェイソン・レイリーが意外とここでは官能性が薄いのが不思議だった。また別の機会に観てみたい作品ではある。
Fanfare LX 「ファンファーレLX」
Choreography: Douglas Lee
Dancers: Alicia Amatriain, Alexander Jones
これはあちこちのガラで踊られているエッジ―なコンテンポラリー作品。音楽は、マイケル・ナイマン作曲の「英国式庭園殺人事件」のサウンドトラックなのだが、この曲がオーケストラで生演奏されたのにはちょっと驚いた。アリシア・アマトリアンもアレクサンダー・ジョーンズも優れたダンサーなのだが、なぜかこの二人で踊ると、別キャストで観たときのスリリングさを感じないのが少し残念だった。
Pas de deux, III. Act : Lady of the Camellias 「椿姫」3幕パ・ド・ドゥ
Choreography: John Neumeier
Dancers: Sue Jin Kang, Marijn Rademaker
ガラの締めくくりは、「椿姫」の黒のパ・ド・ドゥ。今は韓国国立バレエの芸術監督としての仕事が忙しく、在籍はしているもののほとんどシュツットガルトで踊ることがないスージン・カンが、この演目でシュツットガルト・バレエを去るマライン・ラドマーカーのために出演した。そして、このペアこそが、私にとっての最高のノイマイヤー「椿姫」であることを改めて確信したのであった。やつれきっていて、命の灯が今にも消えそうなマルグリットが、最後の情熱を傾けてアルマンと愛し合う、切実さの中にも、包み込むような優しさ、慈しみを感じて、私は彼女の繊細で雄弁な演技の見事さに涙が止まらなくなった。マラインのアルマンは、怒りん坊で、純粋でまっすぐで熱い、だけど以前の彼のアルマンとは違う。悲しみや苦悩をより感じさせるものだった。おそらくこのガラが、この二人で踊る最後の「椿姫」となるのだろう。この最後のパ・ド・ドゥに、二人が持てるすべてを出し切って、感情を絞り出すように燃焼つくしたのが伝わってきた。終演後の万感こもる熱い抱擁も、感動的だった。
というわけで、これがシュツットガルト・バレエでのラドマーカーのフェアウェルとなったのだが、リード・アンダーソンからの花束贈呈があったくらいで、特に特別なセレモニーはなかった。新年を祝うために、たくさんの紙吹雪とリボン、風船が舞い、涙は少なく晴れやかなカーテンコールだった。しかし誰よりも涙していたのが、スージン・カンだったのは見逃さなかった。出演回数は少ないものの、まだ彼女は2016年までは踊る予定であり、実際年明けの「レクイエム」と「オネーギン」にも出演した。それでもあと舞台に立つ回数は何回だろう、と様々な思いが胸に去来したことだろう。特に、ここしばらく、共演してきたダンサーたちがことごとくバレエ団を去ったから。
シュツットガルト・バレエは、クランコ作品の継承とともに、新しい振付家を育て、新しい作品を上演することを重点的に行っているバレエ団である。しかし、今回のガラで上演されたクランコ作品は、ごく短い「ボリショイへのオマージュ」のみ。ここ3年程で驚くほど多くのダンサーがバレエ団を去ったため、ドラマティック・バレエを踊り演じることができるダンサーが減ってしまったということもある。1月の「オネーギン」でボリショイ・バレエから主演ペアを招いたのは前代未聞のことで、それだけ、この役を演じられるダンサーがこのバレエ団にはいなくなったということであり、由々しき事態である。
新しい振付家については、デミス・ヴォルピという素晴らしい才能、そしてカタルツィナ・コツィエルスカという現役ダンサー振付家の作品も個性的で優れており、その点ではうまく育っていると言える。ここから育ったマルコ・ゲッケ、クリスチャン・シュプック、ダグラス・リーの作品も上演された。以前からよく上演しているハンス・ファン・マネンやエドワード・クラグ、イツィーク・ガリリなども、このバレエ団らしいチョイスだ。新しい作品を積極的に上演するという高い志が感じられる。
ただし、この日上演された作品の全体のクオリティは、正直なところ、玉石混合であるのは否めない。似たような印象の作品が多いのだ。そして、マライン・ラドマーカーが去り、スージン・カンもほとんど出演しなくなることを考えると、成熟したスターダンサーがずいぶん減ってしまって、地味な印象を受けた。客席にいたバランキエヴィッチやザイツェフにも舞台に立ってほしいと思うほどである。もちろん、エリサ・バデネス、ダニエル・カマルゴ、コンスタンチン・アレンという、光り輝くような才能の若手ダンサーたちもいるのだが、技術だけではない、深みのあるパフォーマンスを見せるにはもう少しかかるだろう。今、このバレエ団は過渡期にあり、正直かなり苦しい現状であるという印象を受けた。ここが踏ん張りどころだろう。