偉大な歌姫、美空ひばりの生涯がバレエになった。
ブロードウェイ・ミュージカル「スイング」、映画「フットルース」、そしてABTなどが上演した「ガチョーク賛歌」などの振付家として知られるリン・タイラー・コーベット氏。彼女が昨年NBAバレエ団の振付指導で来日していた際に、美空ひばりのドキュメンタリー番組を偶然に観て彼女に強く惹かれたことから、「ひばりさんを讃える舞台作品を創りたいと」という企画が持ち上がった。
http://www.nbaballet.org/performance/2015/hibari/index.html
美空ひばりとバレエ、というのは不思議な取り合わせに思えるけれども、初期の「お祭りマンボ」などはとてもダンサブルな曲だし、基本的にひばりさんはポップス歌手。ということで、まるでブロードウェイ・ミュージカルのような仕上がりを思わせる、ゴージャスでエンターテインメント性の高い舞台に仕上がった。私は、ヒュー・ジャックマンが主演して実在の歌手を演じたブロードウェイ・ミュージカル「ボーイ・フロム・オズ」を思い出した。
ブロードウェイでも活躍する映像ディレクターのアダム・ラーセンが、巧みにひばりさんのドキュメンタリー映像を引用。スクリーンの使い方は、分割もあったりと、おそらく日本の舞台芸術家なら思いつかないような演出で仕上げている。あまりにも偉大なひばりさんに遠慮して日本人ならできないようなことを行い、大胆な演出により、起伏に富み、娯楽性もありながらアーティスティックな舞台に作り上げていった。それでいて、ひばりさんへの深い敬意も感じられる。
悲しき口笛
NHKオーディション
Acid Incident
リンゴ追分
お前に惚れた
哀愁波止場
哀愁出船
お祭りマンボ
真っ赤な太陽
東京ドームシーン
ある女の詩
悲しい酒
愛燦々
人生一路
ひばりは横浜の貧しい家に育ちながら、天才少女として才能を見いだされてスター街道を駆け上っていく。大人顔負けの歌のうまさと芸達者さ。彼女の明るい存在感と力強い歌声は戦後の人々に希望を与えた。だが、熱狂的なファンによって塩酸を顔にかけられて長期休業するという悲劇にも見舞われる。スターとして華やかな日々を送りながらも、離婚も経験し、幾度も恋に破れ、愛する家族にも先立たれて孤独を味わう。そんな中でも家族を大切にし、ファンを大切にして多くの人々に愛された。
狂言回しのようなナビゲーター役を請け負ったのは、元宝塚トップスターの和央ようか。長身ですらりとして輝くばかりに美しい彼女も、ひばり同様の圧倒的なスターのオーラを放つ。タキシードできめたり、艶やかな赤いドレスで魅了したり。そして「お祭りマンボ」や「愛燦々」など4曲も歌声を聴かせてくれるが、見事な歌唱力だけでなく、凛々しく心に訴える力があった。そして、ひばりさんの主なヒット曲に合わせて、彼女の人生を表現するようなダンスがNBAバレエ団によって繰り広げられて、これらのダンスを通して彼女の人生が迫ってくる。
着物を着た女性ダンサーたちが愛らしい「リンゴ追分」、一人の女性ダンサー(竹内碧)を中心にドラマティックで情熱的な踊りが展開する「真っ赤な太陽」、セクシーな「ある女の詩」など印象的なシーンはたくさんあるが、中でも出色は、大森康正さん、高橋真之さんなど男性ダンサーたちが超絶技巧を繰り広げる、楽しい楽しい「お祭りマンボ」と、ひばりの孤独をうたい上げた「悲しい酒」での、黒いユニタードで踊る関口祐美さんを中心としたスタイリッシュで現代的なシークエンスだろう。
ひばりさんの愛息である加藤和也さんの全面協力により、ひばりさんの映像もふんだんに使われている。特に、華やかな真紅のドレスに身を包んだひばりさんの飾らないユーモラスなトークを通して、率直でかわいらしい人柄の片鱗が見えたところにはぐっと来た。
ひばりさんは病に倒れ、52歳の若さでこの世を去ってしまったけれども、その悲劇的な最期は語られず、ブロードウェイ・ミュージカル的な大団円でダンス、ダンスと明るくにぎやかな幕切れとなったところが巧い。振付としては、特に目新しいものは観られないが、誰にでも楽しめるわかりやすさがある。
美空ひばりの生涯を描いた作品で、和央ようかさんが出演しているということもあって、観客層は普段のバレエファンとは大幅に違っていた。最初にひばりさんのポートレートが登場すると、そこでいきなり大きな拍手。「お祭りマンボ」などアップテンポの曲には手拍子が飛び出し、最後にはスタンディングオベーション。観客の多くは、この舞台をとても楽しんだ様子だった。このように、バレエの観客層を広げる試みは素晴らしい。ひばりさんのファンでなくても幅広い客層が楽しめるエンターテインメント性があるので、うまくやれば、地方公演など、そして海外でも受ける可能性を秘めた作品なのではないかと思った。リン・タイラー・コーベット、さすがの手腕である。
同時上演は『A Little Love』。アメリカの偉大なジャズ歌手ニーナ・ シモンの音楽から5曲を選曲してマーティン・フリードマンが振付けたもの。シンプルな白い衣装で3組のペアが踊るのだけど、とても音楽的で美しく、しっとりとした余韻の残る佳作。田澤祥子・泊陽平、竹田仁美・大森康正、竹内碧・森田維央の3組はどれも良かったけど、中でも、元新国立劇場バレエ団の竹田仁美さんは、伸びやかで歌うような踊りでとても美しかった。