マリインスキー国際フェスティバルの今年の大きな目玉は、1949年にロスティラフ・ザハーロフによって振付けられた「青銅の騎士」のリメイクであった。今回は、レインゴルト・グリエール(「赤いけし」の作曲者)の音楽はそのままに、オリジナルの構成に従いながら、ユーリ・スメカロフが再振付を行った。
http://www.mariinsky.ru/en/playbill/playbill/2016/4/2/2_1900/
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「青銅の騎士」は、「バフチサライの泉」で知られるザハーロフの、8つ目の作品。プーシキンの長編叙事詩を原作としており、そのバレエ化においては、他の文学作品からの引用や登場人物も見られたとのこと。ザハーロフは文学作品からのバレエ化を得意としており、「バフチサライの泉」の他、バルザックの「幻滅」やゴーゴリの「タラス・ブーリバ」のバレエ化も手掛けた。「ダンスはそれ自体を目的とするのではなく、作品の中身を探検するためのものである」という信念に基づいたものだった。ソヴィエトにおけるバレエが、ドラマティック・バレエを中心とするようになったのは、彼の貢献が大きい。
初演の時の写真などが、マリインスキー2劇場のホワイエに展示してあった。
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「青銅の騎士」のリメイクは、もともとゲルギエフが構想として持っており、スメカロフに依頼したとのこと。オリジナルに敬意を払いながらも、現代性を盛り込むという難しい仕事。スメカロフは、大自然に対しての人間の戦いを描きたいと考えたと、プログラムの中で語っていた。また、当然1949年と現在とでは、美的感覚もバレエの技術も大きく異なっている。1980年に「青銅の騎士」がリバイバル上演された時に主役を踊っていたダンサーたちに資料を見せてもらい話を聞いたとのこと。ザハーロフの振付のアイディアをよみがえらせ、そして現代の感覚に受け入れられるように違う面に光を当てて新しい命を吹き込みたいとのこと。
「現代において、観客を泣かせ笑わせることができる作品を創ることができる振付家は非常に少ない。過去において創られた作品に新しい命を吹き込み、それを活用して若いダンサーたちにそれを伝えることができるようにするために、私たちはできる限りの努力をしなければならない。そのような作品がレパートリーにあるべきであり、これは私たちの否定しようのない歴史であり、源流でもある。そのような旅路を歩きたい」とスメカロフは語っている。
「青銅の騎士」は、サンクトペテルブルグのイサク大聖堂の近くの元老院広場、ネヴァ川のほとりに実在する銅像で、サンクトペテルブルグを創建したピョートル大帝の偉業を称えるために、エカチェリーナ2世の命によりつくられたものである。サンクトペテルブルグは、西側をバルト海に接しており、この街の中を流れるネヴァ川はたびたび洪水を起こして、大きな被害を残してきた。この作品は、1824年の大洪水が舞台となっている。そう、この作品は、マリインスキー劇場があるサンクトペテルブルグについての物語であるので、バレエ団にとって、このリメイクは大きな意義を持つわけである。
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まずはあらすじをご紹介しておく。
<一幕>
サンクトペテルブルグ、1824年。元老院広場では、ピョートル一世の記念像の近くで祭りが行われており、コロンビーヌとアルルカンが踊りを繰り広げている。そこへ連隊がマーチして入ってくる。
パラーシャとエフゲニーという恋人たちは、このモニュメントの近くで出会う。ピョートル一世を記念した銅像は、勝利の栄光に輝きながらも、どこか脅かすようでもある。エフゲニーは、パラーシャに、ピョートルについて誇らしげに語る。
埠頭では船の建造が行われており労働者たちが汗を流す、進水式に向けての準備が進められている。海外からの来賓もやってくる。夏の庭園において来客が集まり、宴が繰り広げられる。ピョートルは、名付け親となっているムーア人のイブラヒムに、舞踏会の女王として選ばれたフランス人の美女を紹介する。宴の後一人残されたピョートルは、ネヴァ川のほとりに創建したこの街がどのようになっていくのか、夢見る。
1幕終わりのカーテンコール。オクサーナ・スコーリク、ウラジーミル・ポノマリョフほか
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<二幕>
1824年秋。パラーシャは、ワシリエフスキー島の小さな家に母親と暮らしている。柳の木の木陰にある庭で、彼女は友達と踊っている。パラーシャの母は、昔踊られていた踊りを披露する。少女たちは、お互いに占いをする。柳の下に隠れていたエフゲニーは彼女たちを見守る。
エフゲニーとパラーシャは、ささやかな幸せを夢見る。少女たちは、恋人たちに秋の紅葉で作られた婚礼のための花冠を贈る。
突然風が出てきて空は暗い雲に覆われる。エフゲニーはパラーシャに別れを告げ、ネヴァ川の橋が落ちてしまう前に家路を急ぐ。
エフゲニーの部屋。エフゲニーは恋人のことを想い、結婚式について思いを巡らせる。天候は悪化し、洪水が近寄ってくる。湾の岸に家があるパラーシャのことを心配し、エフゲニーは彼女の家へと急ぐ。
<三幕>
岸には、ネヴァ川の水位が上昇する速さに恐れをなした市民たちの群衆がある。川は氾濫した。パラーシャの家への道は断ち切られ、エフゲニーは絶望する。彼女への想いと恐怖で混乱したエフゲニーは、荒れ狂う川の中へ飛び込み、パラーシャの家まで泳ぎつこうとする。
嵐は過ぎ去ったが、パラーシャが住んでいた家、そして人々はすべて流されてしまった。折れた柳の木が残っているだけ。悲しみに打ちひしがれ、エフゲニーはもう一度、愛する人に会いたいと思う。エフゲニーは生きる意味を見失う。
悲しみのあまり気が狂ってしまったエフゲニーは、子どもたちに嘲笑される。かつてパラーシャと逢瀬をした青銅の騎士の像のふもとで、エフゲニーは、この悲劇をもたらしたのはネヴァ川のほとりにサンクトペテルブルグを作ったピョートル=青銅の騎士だと彼を呪う。エフゲニーは背後に、青銅の騎士の馬のひづめの音を聞き、彼と対決するが、あえなく絶命する。
<エピローグ>
ピョートル大帝が作り上げたサンクトペテルブルグの街は、洪水を乗り越えてよみがえり、市民は愛と幸福を願いながら暮らしている。
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リハーサルとニュース映像
http://www.ntv.ru/novosti/1617565/
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キャスト
エフゲニー : コンスタンチン・ズヴェレフ(4/2)、アレクサンドル・セルゲイエフ(4/3)
パラーシャ : エレーナ・エフセーエワ(4/2)、アナスタシア・マトヴィエンコ(4/3)
ピョートル大帝 : ウラジーミル・ポノマリョフ
メンシコフ : イスロム・バイムラードフ
舞踏会の女王 : オクサーナ・スコーリク(4/2)、アナスタシア・コレゴワ(4/3)
道化バラキレフ : ウラディスラフ・シュマコフ(4/2)、マキシム・イズメスティエフ(4/3)
コロンビーヌ : ソフィア・イワーノワ=スコブリコワ(4/2)、ナデージダ・ゴンチャル(4/3)
アルルカン : ワシリー:トカチェンコ(4/2)、ヤロスラフ・バイボロディン(4/3)
パラーシャの母 : エレーナ・バジェーノワ(4/2)、リーラ・フスラノワ(4/3)
Premiere of Rostislav Zakharov's version: 14 March 1949, Kirov Opera and Ballet Theatre, Leningrad
Premiere of the ballet, staged by Yuri Smekalov: 31 March 2016, Mariinsky Theatre, St Petersburg
舞台装置はオリジナルのデザインに従いながらも、現代性も持たせ、冒頭や嵐の効果にプロジェクションマッピングを使用している。1幕では港湾らしい傾斜のある大きな木製の橋、下手には大きな青銅の騎士の銅像。プロダクションデザインはパステルカラーを使用しながらも、色の数は抑え目にしてセンス良くまとまっている。衣装は比較的オリジナルプロダクションに準じたものとなっている。
1幕は、にぎやかな元老院広場の喧騒の中で繰り広げられ、コロンビーヌとアルルカンの踊りから始まる。実際の合唱隊やトランペット奏者が連隊の中に加わってマーチするという趣向もあり、またワガノワ・アカデミーの生徒たちによる子役の踊りもある。道化の踊りは、超絶技巧を盛り込んでいてとても盛り上がり、特に4月2日のウラディスラフ・シュマコフは、派手な技巧で魅せてくれた。フランス風の長いカツラをかぶった大使たちが入場し、舞踏会の女王がソロを披露する。4月2日のオクサーナ・スコリークは輝くような美しさで、まさに絶世の美女であるさまが良く伝わってきた。長いドレスでの踊りではあるものの、ドレスの裾から覗くスコリークの脚の曲線美は絶品。クラシックのテクニックをふんだんに見せてくれる。3日のアナスタシア・コレゴワも美しかった。
ムーア人役のダンサーは、真っ黒に顔を塗っていて、今の時代にこれはありなのだろうかとふと疑問。1幕は、エフゲニーとパラーシャは短いパ・ド・ドゥが一つあるだけ。背景の説明に留まっているが、踊りはふんだんに盛り込まれていて1時間以上の長さがあり、見ごたえはあるものの少々長いというか冗長。ピョートル大帝を演じたウラジーミル・ポノマリョフは、マリインスキー・バレエでのキャリアが52年にもなるという大ベテランキャラクターアーティスト。高齢にもかかわらず2日間連続でピョートル役を演じ、翌日の「ジゼル」にも出演。ピョートル役は、踊るシーンもかなりあって、私が観られなかったファーストキャストはダニーラ・コルスンツェフが演じていたほどだが、ポノマリョフはさすがの貫録と存在感を見せてくれた。
2幕は、パラーシャの友人たちの踊りから始まり、エフゲニーとパラーシャの愛のパ・ド・ドゥが繰り広げられる。フィギュアスケートの振付でも良く知られているスメカロフは、パ・ド・ドゥの振付がとても巧みで、オフバランス、そしてリフトも多用している。特にエフゲニー役のソロは、ダブルカブリオール、グランジュッテやトゥールザンレール、連続ピルエットと、非常に難しい技術がふんだんに盛り込まれているが、スメカロフもセルゲイエフも、素晴らしかった。よく伸びた脚、美しく柔らかい着地。二人ともファースト・ソリストの地位にとどまってしまっているが、他のバレエ団だったらプリンシパルになるレベル。スメカロフの振付は、幸福感の中にも、悲劇の予兆を感じさせるのがうまい。嵐が迫り、恋人のことを心配するエフゲニーの心理描写も巧みにダンスの中に表現させており、またエフゲニーの部屋のデザインも秀逸だった。
3幕は、一転して壮大な悲劇となる。この幕で初めて、原作はプーシキンの叙事詩だったことを思い出させられるようだ。
荒れ狂う洪水の様子は、青い大きな布を持ったダンサーたちによって表現され、彼らの踊りはかなり現代的というかコンテンポラリー寄り。スメカロフの振付の真骨頂とも言えて非常にスタイリッシュで巧み。大きな波に翻弄されつつも助かるエフゲニーだが、恋人パラーシャは亡くなってしまったことを知って正気を失う。この狂気の表現は、スメカロフもセルゲイエフも見事だったが、特に悲しみのあまり狂ってしまったのが良く伝わるセルゲイエフの役者ぶりは大したものだった。
混乱しているエフゲニーの前に、パラーシャの幻影が現れる。ここは、まるで「ジゼル」の2幕で最初にジゼルがアルブレヒトの前に姿を現すシーンに少し似ている。パラーシャの姿はおぼろげにしか見えず、触れようとしてもなかなか触れられない。ふわりふわりと舞うパラーシャの姿は、やがて天に昇ってしまう。エフセーエワもマトヴィエンコも美しいダンサーだが、エフセーエワの方が、この儚さの表現がよくできていて、この世ならざる存在のようだ。パラーシャの姿が消えたのち、エフゲニーは青銅の騎士というやはり実在しないものと対決をする。このあたりも、よほど演技をしっかりとしないと変になってしまうのだが、スメカロフもセルゲイエフも役者なので、しっかりと見えない敵に負け戦を挑む男の最後の戦いを見せてくれた。
エピローグでは、大洪水から復興したサンクトペテルブルグの姿。もうこの世にはいないはずのパラーシャとエフゲニーに似た若いカップルも、橋の上で愛を語り合っている。青銅の騎士は今日もサンクトペテルブルグの街を見守り続けている。レインゴルト・グリエールの音楽もドラマティックで、サンクトペテルブルグという街に捧げた大河ドラマに風格を与えていた。
1幕が長くてこれでもかと踊りがふんだんに盛り込まれている一方で、2幕、3幕と作風がかなり変化する。そういう点では、少々バランスが悪いうえ、上演時間も休憩時間を入れると3時間半もある。ただし、主役二人の見せ場はかなりあるしドラマティックで壮大な物語となっており、見ごたえがある。大傑作とは言えないが、退屈することはないし、主演陣がよく踊ることができ、演技力もあれば楽しめる作品だ。
私は古いソヴィエト時代のバレエ作品については知識がないのだが、ロシア人などで古いバレエをよく知っている人は、様々な作品からの引用があるのがわかるのだそうだ。
エレーナ・エフセーエワとコンスタンチン・ズヴェレフ
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アナスタシア・マトヴィエンコとアレクサンドル・セルゲイエフ
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振付のユーリ・スメカロフ
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もう一つニュース映像
余談だが、マリインスキー2には初めて足を踏み入れた。1日目は1階バルコニー1列目、2日目は最前列中央。現代的なホワイエが広く白とゴールドで統一されていて美しい。クロークは地下。
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新しい劇場のため、オーケストラ席でも段差が程よくあってどこから見ても見やすくできているし、最前列でも足先が切れることはない。舞台は少しだが傾斜あり。客席は馬蹄形。それほど大きくないので、バルコニー席でもそれほど遠く感じることはない。音響も素晴らしい。2階にバーカウンターとカフェスペースがあり、着席してオードブルやスイーツを頂くこともできる。サンクトペテルブルグの劇場名物のいくらを載せたバケットは美味。
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4階ホワイエでは、「眠れる森の美女」の初演の時の貴重な衣装の展示もあった。
オーロラの衣装
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リラの精の衣装
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